72 王宮迷走5
オスカー先生と朝の段取り稽古をして、一息着いたときに、
「昨日の夜はどこに行っていたんだ?」
と言われ、ぎくりとした。
マリーは、今朝、先生と話していないはずだ。カマをかけられているのかも。
僕は笑顔を作る。
「昨日の夜って、何ですか」
「両手首の擦り傷、夕食のときには無かった。左足は打撲しているね、足を庇った動きをしていた。昨日の夜、君は何処かによじ登った。狭いところに入り込んで、足を打った。私と別れて、ベットに向かった後にね」
「………」
昨日できた擦り傷は長袖のシャツで隠しているつもりだった。足だってズボンで見えないはずだし…。
目を真っ直ぐに見られて、嘘はつけないと悟る。でも、全部話す訳にはいかない。
どうしよう。
ふっと、先生の表情が和らいだ。
「どうせ、ニーナと城内をうろうろしていたんだろう」
もう先生の顔を見ていられない。地面に視線を落とす。
「まったく、君たちは屋敷でも、屋根に上ったり、地下室に入り込んで出れなくなったりと、探検するのが好きなのだからね」
探険好きは、ニーナであって、僕は、ニーナが心配で一緒にいるだけだ。
「こっちを見なさい、アレク」
しぶしぶ顔を上げる。うわー、先生、目が怒ってる。
「ここは、屋敷じゃなく王宮で、警備兵もいる。夜にうろついているものがいたら、斬られても文句は言えないんだよ」
「はい」
それはニーナにも言ったんです。心の中でも言ってみる。
「君はもう少し分別があると思っていた。もし君が王宮で問題を起こしたら、ロートレック家のみんなに迷惑をかけるんだよ。それはニーナも同じだ。ニーナは平民なのだらか尚更だ。ニーナがわがままを言っても、諭して止めなければいけない」
耳が痛い。なかなかそれが難しいんです、先生。
「ニーナは、君をとても信頼している。君の言うことなら聞くんだ。君がしっかりしなければならない」
とまあ、朝からきっちりお説教を受けてきた。
さて、どうしようか、僕の前で、今日も隠し部屋探しにいくと、悪巧みをしているこの3人を。
「ニーナ、今日の夜に行こうよ。もう一つの場所は城内だし、昨日より簡単に入り込めそうだ」
ルノーが言う。
「そうですね、お二人が王宮に滞在するのも、あと二日しかありません。急がないと。僕も今夜でいいと思います」
アンリも乗り気だ。
「じゃ、今夜も、ボードゲームをするってことで、ルノーの部屋に集まって、最終打ち合わせね。今回は灯りを用意しなきゃ。アレクもそれでいい?」
いつの間にか、計画がまとまっていた。ニーナがニコニコと僕を見る。
「僕は、行かないよ、ニーナ」
「え、どうして?」
「昨日のこと、オスカー先生にバレた」
「ええっ」
「オスカー先生も心配していたよ。王宮を無断でうろつくのはとても危険なことなんだ。たとえ王子と一緒でも、万が一ってことがある。王子の身を危険にはさらせない。ニーナや僕だって、家族にまで危険が及ぶことがあるかもしれない」
「そんなの、バレなければ…」
ニーナが上目遣いに僕を見る。
「僕は昨日、君の言うことを一つ聞いた。約束は守ったよね」
ニーナはしぶしぶと言うように頷く。
「だから、もう、僕は行かない」
僕はニーナの目をまっすぐに見る。
「ニーナも行っちゃダメだ。もし、僕に黙って、夜に王宮を探険したら、僕は、ニーナの親友を辞める」
「アレク…」
ニーナが唖然とした顔の後、泣きそうな表情になる。
僕が持っていて、ニーナな使える有効な切り札はこれだけだ。
これでニーナが勝手なことをするなら仕方がないと、僕は、腹を括った。
「わかった。わたしも行かないよ」
ニーナが、僕の目を見て言ってくれた。ほっとする。
「えー、隠し部屋探しに行かないの?」
ルノーが不平そうな声を上げる。
「ごめんね、ルノー。アレクと親友じゃなくなってまでは行けない」
「ルノー様、入ってはいけないと言われているところに行くのは、やっぱり危険です。マリーが言っていたように王宮のタブーに触れるのはやめましょうよ」
「でも、ニーナは、隠し部屋探しがしたくて、王宮に泊まりたいと言い出したんじゃないのかい?」
アンリがニーナの顔を窺う。
「アンリ……、すごいね、わたしの考えわかっちゃうなんて」
ニーナが目を丸くした。
「僕は君の願いを叶えてあげたいんだ。アレクが行かなくても、僕達だけで行きましょう」
ニーナは、嬉しそうな顔になった。でもすぐに、ちらりと僕を見て、首を振った。
「ダメだよ、アレクって、頑固だから。あーゆー顔の時のアレクは、もう誰の言うことも聞かないんだ。……わたし、アレクと親友でいたいから、行けない」
「そうですか……」
アンリが、非難する目で僕を見る。別に僕は頑固じゃないけど、行かないと決めたからには、誰がなんと言おうと行かない。僕は、アンリを見返す。
アンリはルノーと顔を見合わせて、肩をすくめていた。
ニーナが行かないなら、この隠し部屋探しの話は、もう無いものだと思っていた。
翌日の朝までは。




