07 子分
ニーナと出会って三日目。
先生の授業を一緒に受けて、休憩時間にふと二人きりになったとき、ニーナが、こっそり僕に耳打ちした。
「昨日は、ありがと。お前のお陰で、詩の暗唱かバッチリだったんだ。マルクスにもリヒトにも誉められちゃった。」
へへっと、嬉しそうに笑う。
控えめな笑顔の仮面を外したニーナは、明るく表情豊かだ。
「お役にたてて光栄です」
僕も、つられて笑顔になる。
「ほんと、お前って、いいやつたな。わたしはいいコブンをもったよ」
「コブン?」って、何?
「お前、昨日、なんでもするって言っただろ? てことは、わたしの子分だ」
ニーナは、威張ったように両手を腰にあて、にっと笑う。
なるほど、親分子分の、子分のほうだね、…って、なんで?
「ニーナさん。僕の方が年上だけど?」
「そんな小さいこと、気にすんなって」
バンと、背中を叩かれる。
僕の男の友人たちにも、あんまり、こういう、なんというか、乱暴な仕草はする人がいない。
僕はビックリしてニーナを、見ると、期待を込めた目で見つめられている。
参った、嫌だと言えない。
でも、ちょっと意地悪したくなるね、年上としては。
「じゃ、親分って呼んでいいのかな、…お兄さんたちの前で」
「なっ、アレク、お前はっ」
情けない顔になるニーナに、思わず吹き出す。
「冗談だよ、冗談!」
ニーナは、頬を膨らますと、ぷいっとそっぽを向いた。おやおや。
「ニーナさんは、マカロンは食べたことある?」
あ、こっち向いた。
「最近、王都でマカロンが人気なんだ。子分は、親分を喜ばせるのが仕事だからね。今度、もってこようか?」
にぱっとニーナは笑顔になる。
「ほんとか、アレク、お前、やっぱりいいやつだ!」
突然、抱きつかれてしまって、僕は固まった。
い、いや、ちょっと、心を許しすぎだよ、ニーナ、僕はそういうの慣れてなくて、どうしたらいいか、わからない。
「あ、でも」ニーナは、僕から離れて、俯いた。
「明日は仕事があるから、アレクには会えないんだ」
「仕事?」
「うん、ちょっと出掛けるからね、兄たちと」
「そうなんだ、実は僕も明日は予定があるから、同じだね、マカロンは、また、今度持ってきてあげるよ」
「うん」ニーナは寂しそうに頷いた。
可愛いなぁ、妹がいたら、こんな感じなんだろうな。
先生が戻ってきて、授業の続きを受けた。
ニーナは、控えめな笑顔になり、落ち着いて勉強をしていた。
本来のニーナの姿を知ってしまうと、レディらしく振る舞おうとするニーナの言動のほころびが目について、面白くて、笑いを堪えるのに大変だった。
なんせニーナ親分は、命がけでレディのふりをしているみたいだから。
子分としては密かに支えなければいけない。笑っている場合じゃない。
でもね。
先生の話に夢中になったからといって、机の上に寝そべって、先生が見せてくれた本を覗き込みに行ったり、大きな地図を見下ろすために椅子の上に立ち上がったりってことは、レディはしないんだよ、ニーナさん。あとでこっそり教えてあげよう。
きっと先生も、ニーナが大人しいフリをしていることに気付いているんだろう。
ニーナの行動を咎めることなく、むしろ楽しそうだ。
先生が旅した異国の話。風土、政治、民族、文化。どれも魅力的でニーナが夢中になるのもわかる。
僕だって、本で読むよりも、直接お話を聞くことがどれだけ素晴らしいことか、実感している。
いつか僕も先生のように異国を巡り、もっと沢山のことを学びたいと、密かに夢見ている。
ニーナと二人で、先生の講義の内容について語り合うのも、また、楽しかった。
ニーナの屈託ない笑顔が見られるならば、子分でいるのも悪くない。
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優しいあなたに、優しい風が吹きますように!