64 フリシア 3
フリシアがどういう人物で、どうして亡くなったのか。……できれば顔が知りたい。ニーナに似ているのか?
「随分、熱心ですね」
突然声を掛けられて、跳び上がるほどビックリして、「わっ」と声をあげてしまった。
リヒトが僕の隣にいた。全く気配がしなかった。
僕が集中していたせいか。リヒトは僕が見ている本を覗き込んでいる。
「ふーん」
僕は慌てて本を閉じたが、完全に内容は見られていたはずだ。
目を細められて、悪いことをしていたわけではないのに、なんだか、居心地が悪い。
「ちょっと調べものをしていたんです。」
「さすか、公爵家の坊っちゃんだ。王族の家系に関心があるんですね。ま、頑張ってください。」
微笑んで、僕に背を向ける。
「フリシア」
僕は呟いてリヒトの反応を見る。
リヒトなら知っているはずだ、ニーナの出生について。もしかしたら、フリシアのことも。
リヒトは足を止めた。振り返りはしない。
「ニーナの母親は、今はもう亡くなった第一王女、フリシアですね。」
カマをかけてみた。違うと笑われればそれまでだ。
さあ、どんな反応をする?
リヒトは肩を揺らした。笑っている?
リヒトは僕に振り向くと、笑顔で、子どもに言い聞かせるような優しい口調になった。
「何おっしゃるのですか、アレクシス様、ニーナは、平民の娘ですよ。海で両親を無くした、哀れな娘です。王族の娘だなんて、そんな不敬なことをいうと、殺されてしまうくらい、ささやかな命です。」
「皇太子様はニーナをひと目見て、フリシアとおっしゃいました。」
「他人の空似でしょう」
「では、あなたは何故、国王に、ニーナの両親が亡くなったときの状況をお話ししたのですか。平民で、王家に関係なければ、あの時わざわざ説明申し上げる必要はなかった。あれはまるで、ふがっ」
突然、リヒトに口を押されつけられた。鼻ごと押さえられたので、息ができない。
苦しい。
でも、僕を押さえつけるリヒトの力が強くて動けない。
リヒトが、冷たい目をして囁く。
「声が大きいよ、坊や。迂闊なことは言わないでもらいたい。自分の身の破滅を招くよ。」
リヒトの声が低く冷たい。僕はゾッとして、息を止めた。
リヒトはゆっくりと僕の口から手を離す。
「君は何も考えなくていい。ニーナのお友だちとして楽しく過ごしていてくれればいい。大人の事情に首を突っ込むものじゃないよ。」
悪魔の囁きのように優しげなそして、底冷えするような声だった。
リヒトの目付きがとても怖い。そんな風に人に睨まれたことはなかった。
その瞳に、怯えた僕が写っていた。
リヒトはふと、息を吐き、ふわりといつもの優しげな笑顔になって、僕に背を向けた。
リヒトの反応で、僕は確信した。ニーナとフリシアは関係がある。親子とすると年齢が合わないけれど、きっと何か理由がある。
フリシアの娘なら、ニーナは王族の血をひくことになる。
知っていて、正体を明かさず、黙っている理由は何故か。
ニーナに魔力があるから?
ニーナを何かに利用しようと考えているんじゃないのか。
「大人の事情ってなんですか? ニーナを何かに利用するつもりですか」
僕は足を踏ん張る。
「…僕は、ニーナを道具のように使うことは許さい」
リヒトは、ため息をついて、僕を振り向いた。
僕は思わず一歩後ずさる。
「俺は忠告したからな、坊主。好奇心猫を殺す。せいぜい気を付けるんだな」
リヒトは腕を組ながら、僕を睨み付けると、背を向けて去っていった。




