63 フリシア 2
王宮の図書館は、アンリ達皇太子ご一家のすむ西棟ではなく、本館にあった。
本館は一段と華やかで品格のある佇まいだ。
本館の中へ歩みを進めると、数人の一団がこちらへ歩いてくるのが見えた。
「お祖父様だ」
アンリが言って、みんな通路の脇へどき、1列に並んで、頭を下げた敬礼をとる。
アンリのお祖父様ってことは、国王だ。
僕のお祖父様のお兄さんだけど、僕は、国王にこんなに近くでお会いするのは、はじめてだ。
王宮の行事に参加した時に、当目にお顔を拝見したことがあるくらいのだった。
一団が前を通り始めた。
「お祖父様」
アンリが声をかけ、一団が足を止めた。
顔はあげられないから、足ものだけ見ている。服装で、国王と思われる人を判別する。
「おお、アンリか、どうしたんだね、大勢で。」
「はい、友人をお招きしておりまして、今から図書館へ行くところです、」
「そうか、それはいい。どれ、ご友人たちのお顔を見てみたい、皆さん、顔を上げておくれ。」
僕は顔を上げた。ニーナも控えめな笑顔で王様を見ている。
国王は微笑みながら僕たちの目を見てくれた。
威厳があるが優しそうな方だった。お祖父様とは少し似ている気がする。
その微笑みが止まり、驚いたように目がみひらかれたのは、ニーナに視線をやったときだった。
一瞬の表情だった。すぐに穏やかな微笑みに戻り、ニーナに言った。
「そなた、名は?」
ニーナは、自分を見ている国王に戸惑うこともなく、軽く膝を折って挨拶した。
「ニーナ・ルナールでございます。」
「…何歳におなりだね?」
「はい、13歳です」
「そうか…」
暫く沈黙があった。
「ご両親は、お元気かい?」
ニーナ、少し考えてから答えた。
「はい、養父は元気です」
「…そうか…」
国王の視線が揺らいだ。
僕はふと、確信したことがあった。
そのとき、ニーナの横からリヒトの声がした。
「発言をお許しいただけますか。ニーナの兄のリヒトと申します。」
「ああ。許す」
リヒトは胸に手を当てて、敬礼しながら話し始めた。立ち振舞いが美しい。
「リヒト・ルナールと申します。ニーナとは、異母兄弟でござます。ニーナの生みの母は、10年前に、海上で高波にのまれて、父と共に行方不明になりました。」
「…そうか、すまない、初対面なのに辛い話をさせてしまった…。」
国王は寂しげに笑った。それから、アンリを見て言った。
「お詫びと言っては何だが、一度皆さんとお茶をご一緒したい。機会をもうけてくれるかい、アンリ」
「はい」
国王の一団が過ぎるのを待って、図書館へ向かう。
「ニーナ、ご両親は亡くされたんだね、寂しい?」
ルノーがニーナに寄り添い話しているのが聞こえる。
「ううん、ルノー様、わたしは親の記憶がないし、リヒトとマルクスがいたから、親がいるのといないのとの違いは、よくわからないんです。でもね、ロートレック公爵様に会って、お父さんていいなって思ったんですよ。ルノー様はお父さんがお好きですか」
「うん。……でも、僕は叱られてばかりなんだ」
「そうなんですか。……でも、アレクもよく叱られていましたよ」
「そうなんだ! アレクシスは何をやったの?」
「えーっと、例えば……」
「ニーナ! ちょっと、君、変なこと喋らないで!」
慌ててニーナとルノーの間に駆け寄って、めっとニーナを睨め付ける。
「あら、変なことって、ほんとのことでしょ」
「あっそう、なら僕も王子様達に、君が父さんに叱られて泣いてたこと、話すよ」
「わああぁ、それは言っちゃダメでしょ、アレク!」
「君が先に喋ったんじゃないか!」
「二人とも、もう少し、静かにしてもらえませんか」
アンリが静かに微笑みながら、僕たちを見下ろした。微笑んでいるけれど、なんか怖い。
「はい」
僕らは口を閉ざした。
「アレクシスって、兄上よりずっと子供っぽいんだね、安心したよ」
ルノーが僕に親しげな笑顔を浮かべた。ずっと子供っぽいとの言葉には、ちょっとムッとする。
王室の図書館は驚く広さだった。
ニーナはアンリやルノーに案内されながら嬉しげに見回している。
ニーナを遠目に見ながら、僕は皆から離れる。
調べたいことがあった。
それと思われる本をいくつか当たると、割りとすぐに見つかった。
王家の家系図が記された本だ。
前回、王宮の庭に来たとき、お会いした皇太子の表情が気になっていた。
ニーナを見て、驚いた顔をしたのだ。先程の国王のように、一瞬だったけれど。
その表情のあとの寂しげな顔も印象的だった。
「フリシア」と呟いた言葉。
もしかしたら、ニーナは、お二人の知っているその「フリシア」に似ているのかもしれない。
そして、うちにあった王族の描かれた絵画。
もしあの絵画に描かれていたニーナによく似た女の子がフレシアならば、フレシアは皇太子の妹…。
「あった」
国王には、皇太子を含め6人の子供がいる。その子供のうち一人がすでに亡くなっていた。
皇太子の妹にあたる、国王の二人目の子ども、第一王女フリシアだ。
享年18歳。いまから18年前に亡くなっている。
でも、18年前に亡くなっているなら、ニーナとは繋がらない。
ニーナはまだ13歳だから、ニーナの母親じゃない。
どういうことだろう。




