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60 空白


 ニーナがいなくなって、僕は、脱け殻ってこんな感じなんだなぁって、自分で思ってしまうくらい、笑えないほど脱け殻になっていた。


 ニーナが僕の家で過ごす1ヶ月が過ぎ、予定通りルナール家に帰ってしまった。

 ルナール家は王都に屋敷を構えたのだ。うちからはそう遠くはない場所だけど。

 一緒に暮らさなくなって、1週間が過ぎた。


 僕は、何をするにもニーナと呼び掛けて、その姿がないことに気付き、立ち止まる。

 この一ヶ月間、ずっとニーナと一緒で、もうそれが当たり前だと勘違いしていた。

 毎日、いっしょに、走り回って、語り合って、たくさん笑った。楽しかった。


 ずっと二人でいたから、それが当たり前で、ポツンとひとり置いていかれたようで…、ああ、僕は脱け殻だ。

 空が青いなぁ。

 ごん。

「いてっ」


 突然、頭を殴られて、あたまを抱えて周りをみる。

「なーに腑抜けてるんだか」

「オスカー先生、酷い」

「さっきから呼んでいるのに、聞こえてない君が悪い。稽古の時間を守らないなんて君らしくない。」

「えっ、もう、そんな時間っ、すみませんっ」


 僕はあわてて立ち上がった。

 いつもニーナと一緒にいた木の根もとで呆けているぼくを、探しに来てくれたらしい。

「思いっきり動くといい、アレク。体を動かしていると、元気になるぞ」

「先生…、はい、じゃ、今日は先生から一本とれるまで、がんばってみようかな」

「おお、言ったな! 相手をしてやろう」


 数時間後、辛うじて僕の太刀が先生の髪の毛を触れるという大逆転で決着が着き、疲労困憊になつた僕は、やっと許して貰えた。

 先生から1本取ろうだなんて、無理なことは言わない方がいいと、身に染みる。

 スパルタすぎるって…先生…

 体はボロボロになってあちこち痛いけど、でも……気持ちはスッキリした。

 体を動かすことに集中するって素晴らしい。


 着替えるのが面倒くさくて、稽古で汗だくのままダイニングへ向かおうとした僕は、執事のクレマンに捕まった。

 それから、ちゃんと着替たのに、「坊っちゃまは横着になった」と小言が長引きそうなので、逃げるようにダイニングへ向かう。体を動かすとやっぱり食欲が湧く。

 父さんと二人で食事をした後、父さんの部屋に呼ばれた。


「アレク、明後日から4日間、君は王宮に行くことになった」

「王家とルナール家との調整がついたんですね、……4日間ですか」


 ニーナが皇太子殿下に希望した「ご褒美」だ。王宮で数日間過ごす。

 殿下は、ニーナがお姫様ごっこをやりたいと思っているようだったけれど、僕はそうじゃないと踏んでいる。

 きっとルナール家が絡んでいる。お兄さん達は事業を広めることが目標だから、そのためにニーナが何かしようとしているんじゃないかと僕は考えていた。

 王宮で過ごしたいと希望したニーナは、その理由について、結局、口を破らなかった。

 僕も、もう、聞かなかったけど。


「王宮から連絡があってね。明後日からというのは急だが、しかし…」

 父さんは僕の顔を覗きこむ。


「アンリ王子もルノー王子も張り切って準備されているらしいぞ。特に、ルノー王子は、ニーナがお気に入りみたいで、ニーナを貴族の養子にして、王子のお妃候補にすると言っているという噂もある」


「お、お妃候補?」

 あの、ニーナが結婚? ルノーと?

「いや、あり得ないでしょう」

「王族の権限は大きいからね、君が気を抜くと、ニーナを奪われてしまうよ。」

 父さんは楽しそうに僕を見る。

「頑張って来なさいアレク。私だって、ニーナはうちの子同然に思っている。王宮に召し上げられたら、会えなくなるからね。君にかかってるんだよ。」

 頭をくしゃくしゃと撫でられた。

 父さんの手を払って立ち上がる。

「何言ってるんですか、父さん。ニーナはお妃候補になるために王宮に行くんじゃありません。それに、僕は、ニーナの親友として王宮に行くんです」

 そう言い捨てて、部屋を出ていこうとする僕に父さんの声が追う。


「へぇ、そうかい。まあいい。今回は、オスカーも一緒に行って貰う。」

「先生も?」

「行き先が王宮だからね。前回のようなデザートをちょっと食べに行くのとは訳が違う。数日過ごすんだ。王宮は、この国で最も安全で、最も危険な場所さ。オスカーには、君の家庭教師として同行して貰う。何かあったら彼を頼るといい」



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