06 約束
ニーナは詩の暗唱が十分にできるようになったので、僕は帰る準備をしていた。
使用した本を、図書室の本棚に片付ける。上段に片付けようとした本が、意外に重くて、背伸びしても上手く仕舞えず、ぼくは、よろめいた。
そのまま、後ろにあった花瓶にぶつかる。
あっと思ったときには、花瓶が傾き、そのままテーブルから落ちた。
がしゃんという音とともに花瓶が砕け散ることを予感して、首をすくめると、思ったことと違うことが起きた。
ニーナが、さっと飛び出し花瓶を受け止めて、くるりと受け身をとった。
そして、立ち上がると、何でもなかったかのようにかのように、花瓶を元の位置へ戻した。
僕はぽかんとして、ニーナを見た。
ニーナは、僕の表情に気づくと、
「危ないところでしたわね、アレクシス様」
と控えめな笑顔を作った。
「…君はほんとにすごいね。昨日も思ったけど、普通の女の子とは思えない身体能力だ。ありがとう、助けてくれて」
小首を傾げて僕の言葉を聞いたニーナの表情が、ハッとして、床に視線を落とし、固まった。
「ニーナさん?」
どうしたんだろうと、ニーナの顔を除き込もうとすると、ニーナは唇を引き締めて険しい顔で僕を見上げた。
「アレク、頼みがある」
緑の瞳が、僕に強い光を向ける。
ニーナの様子と口調の急変にたじろぎながら「なんでしょう」と、無理に笑顔を作った。
「お前は気付いていると思うけど、昨日、市場でお前を助けたのは私だ」
はい、知っています、こくこくと頷く。
「もちろんお前のことを知っていて助けた訳じゃない。でも、お前はこともあろうか、兄達に、わたしが街で喧嘩したことをしゃべった」
「う、そうだね、ごめん」悪気はなかったんだ。
「いいか、わたしはね、昨日は王都にきて、初めての自由時間だったんだよ。兄も先生もいない、ほんの数時間! 兄からは家から出るなと命令されていた。でも、少しぐらいならバレないと思って、今、都で流行っているアイスクリームを食べに行っただけなんだ。なのに、お前が呑気な顔してスリの子どもを助けに行って、そのまま呑気に捕まっているから、思わず助けてしまった。そりゃ、子どもが殴られているのを見るのは辛いよ。お前は間違ってない。でも、お前は馬鹿すぎる。」
ニーナが僕を睨む。もう、それは十分叱られたから、勘弁してほしい。
「わたしは、命令に違反して、勝手に家から出た上に、市場で喧嘩するという派手なことをしてしまったことが、兄たちにバレたんだ。ひどい目にあうところだった」
「やっぱり叱られたんだ、ごめん」
僕はしゅんとして、頭を下げた。謝る僕を見て、ニーナはため息を着いた。
「今回は、たまたま、詩集を暗唱できたら許してやると、首の皮一枚つながった。詩の暗唱を、お前には助けてもらった。でも、悪いと思っているなら、協力してほしい」
僕は顔をあげる。
「兄達には、アレクの前ではレディとして振る舞わなければいけないと、きつく言われている」
うん、それで?
「今度、アレクの前でレディらしくない振る舞いをしたことがバレたら、わたしは殺される」
「え、こ、殺されるっ、ふがっ」
驚いて大きな声をあげてしまって、ニーナに口を塞がれた。
「お前はいちいち声がでかいよ」
ねめつけられて、両手をあげ、わかったポーズを取る。
囁くようにニーナは言う。
「殺されるくらいひどい目に遭うって言うこと」
こくこくと頷く。ニーナが僕の口から、手を離す。
「だから、わたしのことはレディだと信じているふりをしてほしい」
協力って、そういうことか。
「わかった、協力するよ」僕はニーナの目を見て答えた。
「ほんとに昨日はごめん。迂闊にも僕は昨日、恩人を売ってしまった。まだ、ちゃんと恩返しも、償いもできていない。僕にできることがあったら何でも言ってほしい」
ニーナは、ほっとしたように頷いた。
「わかった。とにかくわたしの命が掛かっているんだから、しっかり演じてほしい」
「はい」真摯に頷く。
「そしてこの事は、私たちだけの秘密だから。裏切ったら承知しないからな」
「約束する」
ぼくが口を引き締め頷くと、ニーナは満足げに、にっと笑った。
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