58 王宮の庭6
アンリ王子が、ふと視線を西棟のほうへ向け、何かに気づいたように立ち上がった。
アンリの視線の方を見て、僕らも立ち上がる。
こちらに歩いてくる男性がいた。
皇太子殿下だ。
「お礼が遅れてすまなかった、アデルを助けてくれた方がこちらにいると聞いてのだが…」
皇太子殿下の凛とした声がする。
「父上、アデルを助けてくれた、アレクシスとニーナです」
アンリに紹介され、僕とニーナは頭を下げたまま、名前を告げる。
「アレクシス・ド・ロートレックです」
「ニーナ・ルナールです」
「お二人とも、顔を上げなさい」
皇太子殿下に促され、顔を上げる。優しそうな目があった。
アンリと同じ金髪で、顔はどちらかというとルノーに似ている。
威厳ある佇まいで優しげに微笑んでいる。
皇太子殿下の目がニーナに移る。
「……フレシア?」
殿下が、目を見開いた。驚いたような表情で、ニーナを見つめる。
「いえ、ニーナです」
ニーナは、小首を傾けて、殿下に言う。
「ああ、そうだね、すまない」
殿下はすっと優しい笑顔に戻った。
「そなたたちのような若い子が、アデルを救ってくれたのか。アンリやルノーも、先日、危ないところを救ってもらった。重ねて礼をいう。」
僕は、笑顔が強張ったまま、黙って殿下を見ていた。
救ったのは、ほどんどニーナの活躍だ。
「ロートレック家には、私から直接、お礼をさせてもらおう。ジェルには、明日にも会う予定がある。ルナール家にもお礼の品を送っておこう。ご家族にも、お礼は十分させてもらうが、そなた達は、どんな褒美が欲しい?」
ジェルとは父さんの愛称で、父さんは皇太子殿下と親しいことは、知っていた。
僕は、皇太子殿下と直接お話しすることは初めてで、褒美と言われても、困ってしまう。
ニーナを見ると、殿下の顔を凝視していた。
「ニーナ?」
ニーナは、ハッとして、僕を見る。
何か考えるような顔で僕をじっと見てから、殿下に視線を戻し、口を開いた。
「殿下、わたくしのような平民でも、王宮に、数日泊めていただくことは可能でしょうか」
僕はニーナの言葉に耳を疑う。王宮に泊まる!?
「アレクシス様と一緒に、お城で数日過ごさせていただきたいというのが、わたくしの願いです」
殿下は驚いた表情をしてから、微笑んだ。
「そうか、そなたくらいの年齢の女の子は、お城での生活を夢みることはあるのだろうな、平民など身分を考える必要はない、そなた達は私の子供達の3人の恩人だ。丁重におもてなしをしよう。今日、泊まって行くか?」
話が進んでいって、ついていけない。
僕は唖然として、殿下とニーナを見ていた。
「いえ、殿下、わたくしも準備がございます。……家の者と相談して、希望の日取りを申し上げたいのですが、お許いただけますか」
なんと!殿下に交渉している! ……ニーナ、君は一体、何を考えているんだ……。
「そうか、確かに、今日というのは早急だった。子ども扱いして失礼した。では、詳細は後日ということだな。私も、そなたたちとゆっくり話がしてみたかった。城に滞在するなら、一緒に食事をする機会がありそうだ。楽しみにしている」
殿下は、アンリ達に向き直る。
「アンリ、ルノー、お前達はまた、この二人と過ごせることになったようだ。お前たちにおもてなしを任せよう。二人で仲良く、手筈を整えてくれ」
「はい、父上」
アンリが嬉しそうに答える。
「やった! ニーナ、徹夜でボードゲームしようよ!」
ルノー、ガッツポーズをした。
「こら、ルノー、そんな無理な計画をたてるなら、お前は、はずすぞ」
殿下に一蹴され、
「い、いえ、今のは冗談で……、ちゃんと考えます、父上」
ルノーは上目遣いで、訂正している。
「まったく…」とため息をついてから、殿下は僕に視線を映した。
「アレクシス、そなたの褒美は何がいい?」
「僕は、ニーナの望みを叶えていただければ、十分です」
別に、褒美が欲しくて赤ちゃんを助けようとしたわけではない。王女だとも知らなかった。
「欲が無いんだな、……ジェルとよく似ている」
優しい目で言われて、僕は、顔が赤くなった。




