05 暗唱
翌日、先生の家に行くと、ニーナは体調を崩し部屋で休んでいると告げられた。
心配になり、先生の許しを得て部屋をノックする。
「アレクシスです。お見舞いに参りました」
しばらくして、どうぞと、声がした。
ドアを開けると、水色のドレスを着たニーナが向かえてくれた。顔色も悪くなさそうだ。
「お見舞いありがとうございます」丁寧な挨拶に、僕は恐縮する。
「あの、ほんとに昨日は、失礼なことを申し上げてすみませんでした。その、お兄さん達に何か言われなかったか心配していたんです。そのせいで体調をくずされたのではないかと思って…。大丈夫でしたか?」
僕の言葉を不思議そうに聞いていたニーナはふわりと微笑んだ。
「ご心配いただきありがとうございます、アレクシス様。兄達も昨日のことは気にしていませんのよ。わたくしは、今日はちょっと頭痛があっただけで、もうだいぶんよくなりましたわ」
僕は、ほっとした。
昨日の様子だと、マルクスもリヒトもニーナに対して微笑んではいたが、なんだか不穏な空気があった気がした。
僕は、ニーナが自分を助けてくれた人物と同一人物だということは確信していた。
数時間前にあったばかりの人が、同じ顔、髪型、声で、別人なんてあり得ない。
その、助けてくれた人を、図らずも窮地に追い込んでしまったのではないかと、自分のミスに気付いたが、昨日は、挽回することができなかった。
自分が兄なら、妹が街中で暴漢と戦ったと聞いて、心配しないわけがない。
ニーナは、自分は知らないと言い張っていたけど、結局ばれて、お兄さんたちに叱られたうえ、今日は外出禁止で部屋から出してもらえないんじゃないかと、気が気でなかった。
「調子が戻ってきたのですね、安心しました。今日は一緒に勉強できそうですか?」期待して聞いてみる。
「い、いえ…」ニーナの視線がテーブルに向かい、僕に困った笑顔を見せた。
「申し訳ありません、アレクシス様、今日はちょっと…」
僕は、テーブルの本に気づく。
「ああ、この詩集」本を手に取る。
「…僕も持っています。何回も読んだから暗唱もできるんですよ」
僕のちょっとした自慢でもあった。
「えっ!」ニーナが大きな声を出したので、こっちも驚く。
なんだ、その、ゲテモノを見るような顔は…。
ニーナさん、お気づきではないかもしれませんが、化けの皮が剥がれていますよ。
困った顔をした僕に気づいたのだろう、すぐに控えめな笑顔を作って、
「あ、あの…、わたくしも、兄に、今日中にこの詩集を暗唱できるようになるよう、申し付けられておりまして…」
と伏せ目がちに言う。
申し付けられて、って、やっぱり昨日叱られて、罰を受けているんじゃないか。
一冊を一日で覚えろって、厳しいお兄さんだな…。きっと、リヒトに言われたんだろう。マルクスは優しそうだったから。
「…そうですか、じゃ。お手伝いしますよ。覚え方をお教えします!」
昨日助けてもらった恩返しのチャンスだ。張り切って言うと、ニーナはちらっとこちらを上目使いで見て、笑顔を張り付かせたまま、目を伏せた。
「いえ、アレクシス様にご迷惑はかけられません」
「いえ、迷惑ではありませんよ。僕はこれから授業があるから…、午後、先生の図書室で一緒に読書をすることにして、一緒に覚えましょう」
ニーナは少しだけ考えていたが、やがて頷いた。
それから、僕は自分が暗唱して見せ、ニーナに本の文字を追わせた。
午前中、僕の授業が終わるまでは、何回も音読するように伝えて、部屋を出た。
授業の後の昼食をニーナと先生と共にし、先生に図書室を借りる承諾を得る。
図書室では、ニーナと詩に使われている言葉の意味を話し合い、映像としてイメージできるように読むように練習した。
ニーナは、驚くほど記憶力がよかった。
午前中の音読でもかなりおぼえていたが、言葉の映像化を図ったとたん、細かいところまで忘れなくなったようだった。
数時間でスラスラ暗唱できるようになるようなったニーナを、僕は心から称賛した。
良くできた生徒だ! ニーナも嬉しそうだった。
控えめな笑顔を作り、猫を被ったままだったけど。
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