47 湖畔にて7
父さんは、ニーナが服のまま泳いで王子達を助けたことに驚いていた。僕は泳げないからわからないけれど、溺れている人を泳いで助けるのはとても難しいことで、なかなかできることではないらしい。体の小さなニーナには尚更だ。
「それと、風がボートを運んだように見えたと言っていたけれど、今日の湖は、風が強かったのかい?」
「いいえ、そうでもなかったんです。風が強かったのは、ボートのあの一瞬だけだと思う。あとは爽やかな風が少し吹いていただけだったと思います」
そうか…と父さんは何か考える顔をして黙り込んだ。しばらくしてから父さんが口を開く。
「アレクは、この国には魔力を持つものがいることを知っているね」
「国王様ですよね」
「そうだね。国王様を中心として、王族には魔力を持つ方がいる。君のお祖父様は国王の弟君だけれど、お祖父様は魔力はお持ちではない。魔力を持つ者は稀な存在なんだ」
僕は、頷く。
「魔力は生まれつき持っていることが多い。平民の中にも魔力を持つ者もいる。でも、魔力を持っていることは、必ずしも幸せなこととは言えない。この国では、魔力は、国王が認めたもの以外が使うことを禁じているから。魔力を持つものは国に管理されることになる」
前にマリーに聞いた話だ。
父さんは、ひと呼吸おくと、僕の目を見て、真剣な顔で言った。
「私にも、かつては魔力があったんだよ」
どきんと僕の心臓は脈を打った。
「私は小さな頃から、『見る』力があった。他の人には見えないものが見えた。過去とか未来とか。だから家族と引き離され、王宮に入れられた。そのお陰で君の母さんと出会えたから、結果的には幸運だったんだけれど。平民出身の私が公爵家の一人娘の母さんと結婚できたのも、魔力があったからかもしれない。国は王族の魔力の維持を図りたいと考えているからね。…魔力を持っていると、便利だとか得をしているとか思う人もいるみたいだけれど、私は、知りたく無いことまでも知ってしまう自分の力が、疎ましかったことがある」
父さんは平民出身で、伯爵家の養子となり、公爵家の母さんと結婚したというのは、もちろん知っていた。父さんと母さんは恋愛結婚だったと聞いている。
うちが公爵家なのに、使用人との身分の垣根がなく、みんな家族のように暮らしているのは、父さんの計らいだと誰かが言っていた。だから、僕の家はいつも賑やかで、なんだかんだ言っても、みんな仲がいい。
父さんは肩の力を抜くようにふっと笑った。
「今は、全く魔力を失ってしまった。その分、生きやすくなったよ」
僕も力が入って話を聞いていたのか、父さんの笑顔を見て、ふと力が抜けた。
「父さんの魔力は、兄さん達には遺伝しなかったんですか?」
僕には魔力なんて無い。でも兄さん達には魔力があるのかも?
「そうだね、3人とも魔力は無いだろうと思っているよ」
「もしかして、父さんは、今日のボートの件は、誰かが魔法を使ったって考えている?」
突然、魔力の話になった理由はそれしかない。
「…もしかしたらと思ったんだ。王室も絡んでいたしね。でも、私が君にこんな話をしたのは、もし身近に魔力を持つものがいても、けして怖がったり差別したりして欲しくないと思ったからだよ」
「…僕は、たぶん、大丈夫です…」
父さんは、優しい目で僕を見て、頷いた。
「長い話になってしまって、悪かったね、アレク。君もおやつを食べておいで」
僕はハッとした。
「そうだ、僕のフランボワーズのシャーベット! きっと、もう溶けてる!」
思わず立ち上がると、父さんに笑われた。
「エミールに言って、もう一度作ってもらおうか?」
「いえ、ひとまず見に行きます!」
慌ててダイニングに戻ったけれど、おやつは全て片付けられていた。
ちょっとショックを受けていると、エミールが現れた。
「坊っちゃま、今日は王子をお助けしたんですってね!」
「うん、ニーナが頑張ったんだ」
「坊っちゃまも大変だったでしょう。あ、そうだ、シャルロットはもう無くなってしまいましたが、フランボワーズのシャーベットは残ってますよ、お好きでしょう? バニラアイスと生クリームをたっぷりを使って、フランボワーズのクープをお作りしましょうか?」
「ほんと? やったぁ!」
フランボワーズのクープの噂を聞きつけたニーナが、すぐに駆けつけた。
「君って本当に食いしん坊だね…」
さっきのおやつも全部平らげたはずなのに、ニーナはまた嬉しそうに食べている。
でもニーナと一緒に食べる方がやっぱり美味しいから、僕は満たされた気分になる。
この後は、川にカワセミを探しに行こうと二人で決めて、僕たちはクープの器を合わせて乾杯をした。
「クープ」は、大きめに開いたカップにアイスやシャーベット、シャンティークリーム(加糖の生クリーム)などを盛り付けたパフェのこと。フランスではパフェをクープと言うそうです。
フランスは乳製品が豊富ですから、本場フランスで食べる「クープ」は、それはそれは美味しいんでしょうね。




