34 花火1
「ねえねえ、アレク、このお屋敷に、地下室ってあるの?」
「…今度はなんなの、ニーナ」
図書室で本を読んでいた僕の、本を押さえ、顔を突っ込んでくる。猫みたいだ。
「やっぱり隠し部屋のティーサロンがあるなら、地下室かなぁと思って」
「ティーサロンがそんなに気になるんだね、さっき、あんなにおやつ食べたじゃないか。」
「そう、今日のタルト・タタンはほんとに美味しかったぁ! ミルクチョコレートと生クリームを合わせたバニラ風味のクリームがのって、絶品だったね! もう、パティシエのエミールは、わたしのヒーローだよ!」
夢見るように胸の前で手を組んで話すニーナ。
「でも、それはそれ、ティーサロンは、別腹です」
とニッコリする。
「なんだよそれ、ヒーローって…。まったく…」
僕は本を置いて、腕を組んで、ニーナを見つめる。
「地下室なら、いくつかあるよ。物置とか、ワインセラーとか。あ、ワインセラーには近づいたらダメだよ。もしもワインを割ったりしたら、クレマンに、すんごい怒られる。もう当分、おやつは抜きになるね」
意地悪く言ってやった。
「わかった、ワインセラーには近づかない」
ニーナは、やや引き気味に頷く。
「それから、地下には、牢屋もあるよ。ニーナが、イタズラばっかりしていると、そのうち牢屋に閉じ込められるんじゃない?」
「えっ。それは嫌だ…」
「だろ? 地下の牢屋は暗いし、冷たいし、ご飯もろくにもらえないよ」
「そうなんだ…」
ニーナの顔が暗くなる。
「なんか、やらかして、隠してることがあったら、早く言ったほうがいい。僕も、いつも一緒に謝ってあげられるわけじゃないからね」
「そ、そっか、…実は…」
「えっ? ほんとに、また、なんかやからしたの?」
「い、いや、えーと…」
「ニーナ」
「いや、まだ、大丈夫…」
「まだって、何?」
「…」
ニーナが下を向いて悩んでいる。
ま、これくらいでいいかな。
「冗談だよ、ニーナ、地下牢はもう無いよ。今は、物置になってる …痛っ!」
ニーナにゲンコツされた。
「アレクのばかっ」
「なんだよ、殴らなくてもいいじゃないか」
僕は頭を抱える。
「嘘つきは嫌いだって言ったくせに!」
「嘘じゃなくて冗談だよ、ちょっとニーナをからかっただけだよ」
「なんでそんなことするの!」
「なーにやってるんですか、二人とも」
げっ、マリー。
いつの間にか図書室にいたマリーが、腰に手を置いて、僕らを見ていた。
「聞いて、マリー! アレクが、わたしを、地下牢のことで脅したんだよ!」
あ、早速、言いつけたな。ニーナを睨め付ける。
「坊っちゃま…」
マリーが薄く笑って、僕に近づいてくる。なんか、やな予感。
「旦那様がお呼びです」
「あ、そうなんだ、…いてっ」
気を抜いた途端、マリーにデコピンされた。
「なんだよ、マリー!」
「私のニーナ様をからかったお仕置きです」
「ちぇー、もう。…悪かったよ」
僕はふてくされた。ニーナの顔を見ずに謝っておく。
ニーナが悪いんだ。エミールのことを、ヒーローって言うから。
エミールは、21歳。イケメンで、笑顔が爽やかで、人当たりも良くて、スイーツ作りの腕は天才的なセンスを持っている。
僕が子どもの頃から屋敷でパティシエの修行をしている。昔は、僕がクレマンに叱られてしょげていると決まってチョコレートをくれた。今でも、特別にお菓子を作ってくれることもある、兄貴的な存在だ。
最近、ニーナが厨房に出入りし、エミールにお菓子作りを教えてもらっているらしい。嬉しそうに二人で歩く姿も見たことがある。僕はあんまり面白くない。
そうさ、僕がエミールに敵うところは、あんまりないし。ええ、彼はヒーローですよ。ふん。
「ほら、ふてくされていないで、行きますよ!」
マリーに容赦無く追い立てられ、ニーナと父さんの部屋に向かった。
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