21 翼1
部屋の外で、誰かが言い合う声がする。
ニーナの声もしているようだ。
部屋で論文を書いていたのを中断して、僕はドアを開ける。
「だから、もうしないから! クロエ、お願いだよ!」
とニーナの声。
「いーえ、今日という今日は許しません、ニーナ様! 坊っちゃまに叱っていただきます!」
ニーナ付きの侍女クロエの声もする。
「どうしたの?」
僕は、ニーナと、クロエに声を掛ける。ニーナ付き侍女のマリーもいる。
ニーナは僕を見るとハッとした顔をした。
クロエは、何かを決意した表情で、僕の方へ、ツカツカとやってきた。
ちなみに、ニーナは、スボンにシャツ姿だ。大人しくはしていなかったことだけは明白だ。
「坊っちゃま、お聞きください!」
クロエの勢いに僕もたじろぐ。
今度は何をやらかしたんだ、ニーナ…。いつも冷静なクロエをこんなに怒らせるなんて…。
「ニーナ様の行動は、さすがに許容できません。何度も申し上げているのに、一向にお聞き入れくださいません!」
「そ、そうなんだ、クロエ、ちょっと落ち着いて。僕の部屋へどうぞ、みなさん」
僕は、3人を招き入れる。
怒った顔のクロエ、困った顔のマリー、むうっとした顔のニーナ。
クロエは、しっかり者で18歳、マリーは、マイペースな16歳。
はじめは使用人に警戒していたニーナも、我が家に来て1週間が過ぎた今では、この二人を、姉のように慕っている。
「まあまあ、座ってよ」
ソファーに促すと、クロエもマリーも、いいえ、そんなわけには…と断ろうとするところを、無理やり座ってもらった。
机の引き出しから、チョコレートの箱を取り出して、3人の前に置く。
「君たちには、いつも苦労をかけているから、よかったら食べて。街で有名なショコラティエの新作なんだよ」
「わあ、素敵!」
なぜか、厄介ごとの元凶であるはずのニーナが、真っ先に手を伸ばした。
「どうぞ、クロエ、好きなのとって!ほら、マリーも!」
二人に配り、自分も、ぽいっと一つ口に入れる。
幸せそうな、ふにゃっとした顔になる。
「美味しいね!クロエ!」
クロエも、「ええ、美味しい!…」と幸せそうに、ニーナに笑顔を返して、ハッと、顔を引き締める。
「いいえ、ニーナ様、私はまだ、お話が終わっていません」
「えー、もういいじゃん!」
「ニーナ様っ」
クロエが目くじら立ててニーナを睨むと、ニーナは首をすくめた。
「坊っちゃま」
キッとした顔で僕を見るクロエ。
「ニーナ様は、何度言っても、ベランダから出入りされるのです。2階から飛び降りて、部屋から逃げていかれるのですよ! とても、冷や冷やして見ていられません。もう、2回もやめてくださいと申し上げましたのに、今日も、そうやって出ていかれて、これで3回目です! さすがに、これはいけないと思いまして、このように、坊っちゃまのところへ伺ったしだいです」
「二階から、跳び下りる?」
僕は、びっくりしてニーナを見た。
前に、東屋から、軽々と跳び降りたニーナは見たことはあるけど、2階って、それより高いよね?
「驚きますでしょ? やっぱり、坊っちゃまもご存知なかったんですね。でも、ニーナ様、坊っちゃまはご存知だとおっしゃってましたよね?」
クロエに再び睨まれて、ニーナは、うっと、たじろぐ。
「ニーナ、どういうこと?」
僕も、ニーナを見据える。僕が知っていると、クロエに嘘ついたってこと?
ニーナは、マリーのほうへ逃げた。
「マリー、助けて!」
「ニーナ様、残念ながら、無理ですね」
マリーは、ニッコリ笑って、チョコレートをもう一つ、自分の口に入れた。
その時、また廊下から、騒がしい声が聞こえてきた。
執事のクレマンの声がする。
なんなんだ、今日は…。
「ちょっと見てくるよ」
3人に声をかけて、僕は、廊下に出た。
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