02 再会
市場で僕を助けてくれた超強い美少女は、衣装がガラッと変わって僕の前に立っていた。
先ほどは、白いシャツに茶色いズボンと、男の子の恰好だった。
今、目の前いる少女は、コバルトブルー色の生地に金色の刺繍が美しいドレスを着ている。
ドレスは腰でキュッと締まっていて、膝下までの長さのスカート部分の裾にはレースがついている。
ストロベリーブロンドの髪に、緑色の瞳。髪の長さも、目鼻の形も同じだ。
でも、先ほど粗暴さはなく、なんと、僕の前で、優雅に膝を折って挨拶してみせたのだ。
「ニーナ・ルナールで、ございます。お会いできて光栄です」
僕の名前は、アレクシス・ド・ロートレック。公爵家の三男だ。
15歳の僕は、まだまだ様々なことを勉強中で、ここ、シモン・コンティチーニ男爵の家では、地理学を学んでいた。シモン先生は、地理学の専門家で世界中を旅しながら、ときどき家に帰ってきては執筆活動をしていた。
高名な先生の書籍を読んでファンになってしまった僕に、父さんが、直接先生に学べるよう手配してくれた。
普段は、僕ら貴族の子息は、家で、家庭教師について勉強している。
しかし先生は執筆に忙しい時間を僕に割いてくれているので、僕は、自ら先生の家に通いたいと、父さんに願い出た。先生のお宅が、うちからそれほど遠くないことも幸いだった。
使用人や護衛もつけず、馬車に乗らず、歩いて、一人で、先生のお宅に通う許しを得た。
15歳になって初めて掴んだ自由行動!
一人で出歩く開放感が嬉しくて、今日も街に寄ってから、先生のお宅に来たのだ。
でも、今日は先客がいた。それが、彼女だった。
「あ、君は、さっきの…」僕は思わず声をあげた。
少女は、僕を見て、小首をかしげた。
僕のことを知っている素振りはない。
「失礼しました。」と体制を立て直し、「アレクシス・ド・ロートレックです。どうぞよろしく。」と挨拶をした。
顔が似ているだけだろうか。雰囲気がまるで違う。
さっきの子は野良猫のような粗暴さがあった。目の前の少女は可憐な淑やかさがある。
「ニーナは、しばらくうちで預かるお嬢さんだ。お前さんと一緒に勉強を見てあげる予定だ。お前さんと違って平民だが、身分を考えずに一緒に勉強してほしい。できるね?」先生の言葉に素直に「はい」と答える。
「ルナール家は、商人とはいえ、海辺の街では貴族にも勝る大富豪さ。ニーナは箱入り娘だから大人しい子だが、仲良くしてやってくれ」
「はい」と返事をして、僕はもう一度ニーナをみた。
やっぱり似ている。こんな美少女に、そっくりな顔がもう一人いて、近くで会うだなんて、双子とか?
少女は見つめられて不思議そうだ、困ったように目を伏せる。
「なんだ、アレク、ニーナに見とれて」先生が笑う。
「い、いえ、実は今日、ここに伺う前に本屋へ行こうと街に寄ったのですが、よからぬ奴らが子どもに手荒いことをしているのを見つけて、思わず助けに入ったのです。でも、僕は、このとおり争い事が苦手で、逆に捕まえられて乱暴されそうになったところを、助けてくれた子がいたんです。…それが、男のなりをした少女で…、小さな体で、男たちをあっさり倒してしまって…。で、その、助けてくれた子に、ニーナさんがそっくりなんですよ…それで、驚いてしまったんです…」
僕は、あたふたと先生に経緯を話した。
ニーナは、話を聞きながら、まあと驚いて口を覆った。
先生は僕を気遣うように手をさしのべ、
「街で乱暴されそうになった? 大丈夫だったかね」と、ソファに座るよう促した。
先生もニーナも腰を下ろすと、執事がお茶を運んできた。
先生は一口飲むと柔らかく微笑んで、
「助けてくれた子が、ニーナに似ていたって?」とニーナに目をやった。
ニーナは、困ったように微笑んだ。
「まあ、そんなことがあるのですね…。わたくしは、本日はこちらでお庭のお花のお世話をしておりましたし…。市場で暴漢に会うだなんて…恐ろしいことですわ…」と、言葉尻は、先生に不安げに視線を送った。
僕は慌てた。
「あ、ええ、…ニーナさんには初対面なのに、変なことを申し上げてしまい、失礼しました。助けてくれた子に似ている気がしただけです。ちょっとまだ、動揺しているんだと思います」
ドレスに身を包んだ良家の子女が、市場にあんな格好でいるわけがないし、美少女が暴漢と立ち回りなんて、考えられない変な話だ。一体どうなってるんだろう。
話題を変えようと考えていると、廊下の方から賑やかな声が聞こえ、ノックするが早いか、若い男性が二人部屋に入ってきた。
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