19 剣術1
人間には向き不向きがある。
向いていることをした方が能力が延びる速度が早い。
何でもできる人間よりも、何かに秀でた人間の方が、社会の役にたつのではないかと、常々、思っている。
だから、僕には、力一杯、才能が無い剣術の稽古をがっつりやらされるのは、時間の無駄だし、苦痛でしかない。
先生だって分かっているから、いつも軽く打ち合うだけて、あとはいろんな話をして、剣術の稽古の時間は終わっていたんだ。先日まで。
「もっと腰を落として、背筋は曲げない」
「がんばれー」
「腕はもう少し高くあげる」
「がんばれー」
「脇は締める」
「あと少しー」
「ああ、もうっ、ニーナ、うるさいっ」
花壇に座って、足をぶらぶらさせながら僕を見ていたニーナを睨み付ける。
そのままの勢いで、先生に訴える。
「先生、僕はもう無理です、意味がないし、やめましょう」
オスカー先生は、薄く笑っている。
オスカー先生は、元軍人で王の親衛隊にいた、この国でも有数の剣士だ。
父さんとは昔からの友人らしく、兄さん達や僕に剣術を教えてくれていた。
父さんよりはずっと若く、銀髪長身でかっこいい。
僕みたいな、体が細く、体力もなく、運動神経はまったく無いヤツは、教え甲斐もないだろうと思っていた。
「君は無理じゃないし、意味もある。さあ、素振りあと50回」
「ええぇ」
いやいや、木刀を振る。
「適当にやると、回数増やすよ」
勘弁してください。
「先生、なぜアレクは素振りばっかりしてるんですか」
「まずは型が、大事だからね」
「この次は何をするんですか」
「私と段取りかな」
「ふーん、わたし、アレクとやってみたい」
「えっ」
僕は動きを止める。
「無理無理無理っ」
力一杯、首を降る。
「わたし、無理じゃないし、強いよ」
「君はそうだろうけど、僕が無理なんだ」
僕は、剣術は向いていない。
何故なら人に向けて剣を振り下ろすことができないからだ。当たったら痛そうだし。
実は昔、兄たちとふざけて剣術をやって木刀で殴られたのがトラウマになっている。
僕はまだ6歳で、剣術を習いはじめたところだったのだ。
ニーナと段取り稽古なんて、可愛いニーナに、たとえ、喧嘩が強くて、身体能力が人並以上だとしても、…可愛いニーナに、木刀を振り下ろすなんてできない。
だって、…構えた瞬間、負けそうだし。
木刀で殴られて痛いのは、嫌だし。
「ふーん、じゃ、先生、わたしとお手合わせ願えませんか?」
ニーナは、オスカー先生を見る。オスカー先生は薄い笑いを浮かべたままニーナを見た。
「ニーナ!無理だって、先生は有名な…」
僕の言葉を遮るように先生が静かに言った。
「お嬢さんは、剣術の経験があるのですか」
「はい」
「では、よろしいでしょう、アレクは少し休んでいなさい」
オスカー先生が、木刀をニーナに渡し、自分も一本化持った。二人が対面して立つ。
「あ、先生は、片手で、お願います。わたしは体が小さいから」
先生が笑って、剣術を右手に持つ。
「それで、わたしが勝ったら、一つだけ言うことを聞いてください」
先生が目を細める。
「ほう、賭けをしようと言うのか。では、私が勝ったら?」
「先生の言うことを一つ聞きます」
「いいでしょう、なかなか度胸のあるお嬢さんだ」
先生が楽しそうに笑う。
いくらニーナでも。勝てるはずがない。
たとえ、先生が片手でも。なのにそんな賭け事をするなんて…。
僕は止めに入るべきかどうか迷っていた。
でも、先生も大人なんだし、ニーナ相手なら手加減して、もしかしたら、先生が負けた振りをして、ニーナの願いを聞いてくれるかもしれない。
「始めましょうか」
「はい」
二人は向かい合って剣を構えた。
ニーナは、両手で剣を持ち上段に、先生は、片手で低い位置で構えている。
しばらく二人とも見あったまま動かなかった。
やがて、ニーナが先生の正面から打ちに行った。先生は、一歩も動かず、ニーナの太刀を片手の木刀で受け返した。
ニーナは、何度も繰り返し打ち込むが、すべて軽く打ち返されているように見える。
低い位置から打ち込んでも、返される。
先生から打ち込むことはなく、ただ受け止めるだけだ。
ニーナの太刀は攻撃の手を休めず、素早い動きで何度も打ち込む。
でも、先生は一歩も引いていない。
ニーナは諦める気配がなかった。
数分打ち込み続けて、木刀を構えたまま、後ろに跳ぶように下がった。
息が荒く、先生をにらんでいる。
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