17 屋根
「アレクんちの屋根裏って、どこ?」
「行ってみたいの?」
「うん」
「…まさか、うちの屋根に登る気じゃないよね?」
「その、まさかだな」
「…危ないよ」
「危なくないさ」
「見つかったら叱られる」
「だって、自由にしてもいいって言ったじゃん、おじ様」
「たぶん、そういう意味じゃないと思う。」
「じゃ、どういう意味?」
「自分らしく過ごせって言うことで、何でもやってもいいって言う意味じゃないと思う」
「自分らしく過ごすために、屋根に登るんだよ」
「なんで、そうなるの?」
「…わかった、もういいよ、一人で探す」
ぷいっと背を向けて、ニーナは歩き出す。
何でこうなるんだよ…。ため息をついてから、追いかける。
「わかったよ、案内するよ!」
振り向いたニーナは、にっと笑った。
さっきまで、念願の「おやつの時間」を堪能していたニーナは、マナーの先生がいい人そうだとか、先生に数学を教えてもらったとか、ずっとご機嫌で喋っていた。
今日のおやつはクリームブリュレだった。
焦げ目をつけたカリカリのキャラメル層は香ばしく温かく、中のクリームは冷んやりと舌で溶け、温かさと冷たさ、パリパリとトロリといろんな感覚が入り混じり、甘くて美味しい。
ニーナはお代わりして、3つも食べてご満悦だった。
で、おやつを食べ終えて、図書室で本を読もうかと落ち着いたとたん、次に自分のやりたいことを思いついたらしい。
放っておくと、何をやらかすかわからないので、付き合うしかない。
屋根裏部屋はいくつかあるが、いちばん見晴らしのいいだろう所を選んで、連れていく。
ニーナは、屋根裏部屋に着くと、窓を開けて外を見て、満足げに頷いた。
「景色いいね!」
「窓から眺めているとだけじゃダメかな?」
「ぜんぜんダメだよ、風を感じられないだろ?」
ニーナは、窓枠に手をかけ、外に出る。
そして、はじめて来るはずなのに、なんの躊躇もなく屋根の上を歩いていく。
僕は窓から下を見る。
うん、落ちたら死ぬな。うちは4階建なので、シモン先生の家より高さがある。
ニーナを見やると、こちらを振り向き、腕を組んでニヤニヤしている。
悪ガキの顔だ。
なんだか怖がっていることが見透かされたようで悔しくなる。
腹を決めて、窓枠に手を掴んだ。足を踏み出す。
二回目となると、屋根を歩くことに慣れてきている自分に気付く。
前よりも及び腰ではないはず。
ニーナは、少し進んで、遠くへ目をやっている。しばらくすると腰を下ろした。
僕も冷や汗をかきながら、ニーナの横にたどり着いて、しゃがみこむ。
「素敵なところだね」
ニーナが呟く。その視線の先に目をやる。
確かに眺めが良い。庭を見下ろせるし、向こうに街並みが見える。
「あ、ヤバい」
僕は思わず自分の顔を隠した。今、庭に出ていた人がこちらを見た気がしたのた。
こちらを指差す人がいて、その人の方へ走って来る人がいる。
「ニーナ、見つかった」
僕は、慌ててニーナを見る。
「あ、ほんとだ」
言うが早いか、ニーナは、立ち上がり屋根裏部屋の方へ走って行く。
すごい、走れるんだ、こんな場所で!って、感心している場合じゃない。
僕も慌てて立ち上がり、走ろうとして、足が滑った。
「うわっ」
さらに滑って、バランスを崩して、屋根の斜面の方へ体が傾く。
あ、やばい、落ちるっ。
バランスを取ろうと腕を振り回す、わわわっと、いいながら、やっぱり斜面の方へ行ってしまう。
その時、強い風が吹いて、僕の体を押した。
僕は、屋根側に手を付き、留まることができた。
それからは、慎重に足を運び、屋根裏部屋へ飛び込んだ。
「あー、死ぬかと思った」
窓際でしゃがみこむ。
「急いで逃げるぞ」
ニーナは、僕の腕を掴んで引っ張る。
僕も慌てて走り出す。
屋根裏部屋から出て、廊下を早足で進む。使用人がいるのを見つけると、柱の陰に二人で隠れる。
走っては隠れしながら、図書室にたどり着いて、僕とニーナは本を開いた。
息が荒いのを納めるために、深呼吸をしながら。
しばらくして、図書室のドアがノックされた。
僕とニーナは目を会わせ、僕が頷いた。「はい」と答える。
ドアが開き、執事のクレマンが現れた。
「失礼いたします。…お二人とも、ずっとこちらに?」
「うん、そうだよ。何か用?」
何気ない口調を装う。心臓はバクバクしているけどね。
「いえ、探し物をしておりまして、こちらではなかったようです。失礼いたします」
クレマンが出ていって、しばらく閉じたドアをじっと見ていてから、ニーナに視線を移す。
目が合うと、どちらともなく、ふふふと小さく笑い始めた。
なるべく声を潜めて笑おうと思うのに、そのうち我慢しきれなくて、声をあげて笑っていた。
二人でハイタッチして、「面白かったね」と笑いあった。
お読みいただき、ありがとうございます!




