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16 素顔

服をボロボロにしてしまったことについて、執事のクレマンに、

「坊っちゃまは、一体何をなさっていたのですか」

と答えにくい質問をされ、笑ってごまかして、ダイニングに逃げてきた。


ニーナと一緒に夕食を取るのは、初めてだった。

いつもは父さんと僕の二人だったから、ニーナがいると少し賑やかになった。

少し、と言うのは、ニーナは使用人を警戒しているので、喋らないからだ。

リヒトのスパイがいると思っているのか、猫をかぶっている。


ニーナは、テーブルマナーはしっかりしていて、ナイフやフォークの使う順も間違えなかった。

ただ、食べるのが、女の子とは思えないほど、速かった。

ポタージュ、アントレ、ローストと順に料理が運ばれてくると、すぐに食べ切っていた。

随分とお腹が減っているようだ。味わっているのかどうかも、怪しい。


父さんが、話しかけても、控えめな笑顔で、「はい、ありがとうございます」と決まり文句を繰り返すだけだった。


でも、最後に、デザートが運ばれてくると、ニーナらしい笑顔がこぼれた。

デザートの皿に釘付けになっていて、僕と視線が合うと、にぱっと笑った。

幸せそうに、デザートを味わっていた。

ニーナらしい顔を見られて安心していると、父さんが僕らに言った。


「アレク、ニーナ、このあと、私の部屋に来なさい。話したいことがある」

「はい、わかりました」

部屋呼び出される心当たりはある。

嫌だなーと思っていると、ニーナが、心配そうな顔で、僕を見ていた。


「アレク、どうしよう、わたし。追い出されたら…」

父さんの部屋に向かう途中、ニーナが小声で言ってきた。

ニーナは、夕方の東屋の一件で、うちを追い出されるかもと心配しているらしい。

そんなことはありえないんだけど。

「心配しないで、大丈夫だよ」

ニーナの頭にポンと手を置く。


部屋に入ると父さんは、ソファを示し、「掛けなさい」といった。

僕は立ち止まったまま、

「ごめんなさい、父さん。ぼくもニーナも今日はハメを外しすぎた。反省しています」と頭を下げた。


「ごめんなさい、ロートレック様。来て早々にドレスを汚してしまって。クリーニング代は弁償します。働いて返しますから、追い出さないでください」

ニーナも頭を下げる。


「えっ、ニーナ、そこじゃないでしょ、謝るところは…」

僕は慌てた。

「はははっ」

また、父さんがが笑いだした。ニーナは、キョロキョロする。


「ご、ごめん、本当に君は面白い娘さんだね、ニーナ、とにかく、二人ともお座り」

戸惑うニーナを促してソファに座る。

父さんは穏やかな声で話し始めた。


「昼間のことは、べつに叱るつもりはないよ。いやあ、確かにね、せっかくの休みに東屋でゆっくり本を読んでいたら、賑やかな二人が生垣を飛んで遊んでいて、静かな時間を邪魔されだけどね。しかも、その二人ときたら、私のいる東屋の屋根に登り始めたんだ。誰だってびっくりするさ。落ちたら危ないからと声をかけると、青いドレスを来た子が、勢いよく飛び降りてくるし。…でもね、その子はね、金色の髪でふわりと私の前に舞い降りたから、天使かと思ったよ」

優しい目でニーナに微笑みかける。ニーナの緊張が溶けていくのがわかる。


「それに、生真面目で、いつも澄ました顔の三男が、真っ黒な顔で服をボロボロにしていて、どこの悪ガキかと思ったしね」

その言い方にはムッとした。

ニーナが隣で吹き出したので、睨めつけておく。ニーナは、慌てて両手で口を押さえた。


「だからね、ニーナ。ドレスのクリーニング費用は、君が気にすることじゃない。当家のことだ、心配いらないよ。ましてや、君を追い出そうなんて、考えてもみなかった」

ニーナがホッとした表情を浮かべる。


「ニーナは、当家にマナーを勉強しに来たんだよね」

ニーナは父さんの質問に「はい」と、頷くが、また表情が硬くなった。

「なぜマナーを勉強するの?」

「わたしが、まだレディらしく振る舞えないところがあるからです」

父さんは、少し考えるようにして、言った。


「私は不思議なんだけれど、あ、気を悪くしないでほしいんだが、ニーナは、人前ではとても控えめに振る舞おうとしているね。でも、本当の姿は今日庭で見たとおり元気いっぱいなんじゃないかと思うんだね。なぜ、人前では大人しいふりをしているの?」

僕は、率直に質問する父さんに驚いていた。

ニーナにレディらしい振る舞いを強要しているのは、お兄さんたちだけど、それをニーナに言わせるつもりなのか。

「貴族や偉い人の前では、大人しくして、言葉遣いも気を付けるように教えられました」

ニーナが表情を無くして答える。


父さんは、柔らかく微笑んでニーナに言った。

「そうか、じゃあ、この家では、いつもの君のまま過ごしてくれたらいいよ」

「え?」

「礼儀作法が必要だと言うのならば、それはそれで、しっかりと学んでほしいけれど、普段どおり気持ちよく過ごしてくれることのほうが大切だ。アレクもそう思わないか?」

父さんが、僕を見る。

「そうですね。ニーナらしいほうが僕もいい。でも、父さん、ニーナは、お兄さんたちにお行儀よくするように、厳しく言われているみたいなんです」

ニーナが頷く。


「もちろん、時と場所をわきまえて、お行儀よくすることを学ぶのは大切だけど、でもね、私は子どもが自分らしさを押さえて暮らすことには賛成できない。人形のフリなんてしなくていい。お兄さんたちには、君をお返しするときに、私から話をしよう」

「おじ様…」

ニーナが、父さんを見つめる。

「アレクもそれでいいね?」


僕は少し心配だった。

「ニーナは、相当型破りな子だと思うけど、使用人がビックリしないかな」

ニーナがムッとした顔をしているのが、目の端で見える。

「はははつ、面白そうじゃないか。アレクも今日は楽しそうだったよ」

僕は、反論できず、押し黙った。


父さんは、爽やかな笑顔でニーナに言った。

「ニーナ、私たちは、君が君らしくいることを歓迎するよ」


お読みいただきありがとうございます!

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