12 海風
「あー、アレクがいてよかったぁ」
ニーナは、空を見上げてから、そうだっ、と僕に向き直る。
「話を聞いてくれたお礼に、いいところを教えてやるよ」
僕がきょとんとすると、「こっち」といいながら、僕の手を取り走り出した。
僕は手を引っ張られて、後をついていく。
ニーナは、屋敷に入り、足音を静めて、使用人の動向を気にしながら、屋敷の階段を上がっていく。
最上階の三階まできて、屋根裏部屋へ入ると、窓を開け、窓から身を乗り出そうとする。
「危ないよ、ニーナさんっ」
「大丈夫だって、誰にも見つからない」
いや、そうじゃなくて…と説明しようとするより素早く、窓から出てしまった。
ニーナを、あわてて窓際まで追いかけると、屋根の上を歩いていくニーナが振り向いた。
「早く来いよ」
小声で急かされ、僕は窓の下をみる。うん、落ちたら死ぬな。
ニーナは、「何やってんだ」と、顔で屋根の上で立ち止まり、僕を見ている。
ニーナの髪を風が揺らす。
僕は覚悟を決めて、窓を抜け、屋根に登る。
恐る恐る屋根の上を歩く。足を進める度に、カラカラと音を立てて石みたいなものが転がっていくのをみて、冷や汗をかく。きっと腰が落ちていて、不格好なんだろうと思いながら、ニーナのあとを追う。
ニーナは、慣れているのかすたすたと屋根を歩いていき、煙突の近くで腰をおろした。
僕は慎重に足を進め、やっとのことでニーナの隣に腰を下ろす。
一息付いてから、暢気そうに景色を見ているニーナ向き直る。
「ニーナっ、呆れたお転婆だね、君はっ。こんなことしているのがお兄さんたちに知れたら、大変なことになるんだろっ」
思わず強い口調で言うと、ニーナは、首をすくめた。上目遣いに僕をみる。
「そんな怖い顔するなよ。兄たちには内緒に決まってんだろ。…約束だよな?」
まぁ、うん。
肩を落とした僕に、満足そうに、頷くと、
「ここなら、遠くまで見えるんだ。海までは見えないけど、あっちに海があるんだろうなぁって、わかる」
ニーナは、嬉しそうに目をやる。
郊外にあるこのお屋敷の屋根からは、いくつかの建物の屋根と田園風景が見下ろせた。遠くに森がある。
地平線とはいかなくても、空と森との境が広がって見える。雲が流れていく。
今まで僕がいた世界は、こんなに広かったんだ。
鳥が、賑やかな声で屋根に舞い降り、何かついばんでは、賑やかに飛び立っていった。
心地よい風が吹き、僕たちの髪を揺らす。
「こうするのが一番なんだ」
ニーナは、手を頭の後ろで組み、ごろんと寝転がった。
おっと、なかなか、お行儀が悪い。
心地良さそうに空をみやるニーナ。僕もやってみる。
青い空だけが僕も前に広がった。白い雲がゆっくりと渡っていく。
風が髪を揺らす。時間が止まったみたいだ。
しばらく二人で黙ったまま、ゆったりと流れる雲を眺める。
「空は、海の上も陸の上も同じだなぁって、思ってさ」
ニーナが呟くのが聞こえた。
しばらく静かだったから、眠ってしまったのかと思っていた。
「船にいたとき、よく甲板でこうやって空を見上げてた。おんなじ空がここにもあった。波の音がしないのは寂しいけど、でも、この空の先は、海に繋がってる」
ニーナが暮らした海。どんなところなんだろう。
「僕も、海に行ってみたいな」
きっと心地よい場所なんだろう。ニーナがそんなに恋しがるなら。
「そうだな、いつかアレクを連れていってやるよ」
ニーナは、そういって起き上がる。僕もつられて起きあがった。
「わたしが、もうちょっと大人になって、自分の力で稼げるようになったら、アレクを海に連れてってやる」
じっと僕の目を見て、決意をしたように言う。
「うん、ありがとう。ニーナ。」
その言葉にビックリして、僕は思わず笑いだしていた。
くつくつと笑いが込み上げてくる。なんだか止まらない。
ついに、腹を抱えて笑ってしまう。
ニーナは、キョトンとして僕をみていたが、僕が嬉しそうに笑っているからだろう、ニーナも嬉しそうな笑顔になった。僕は、笑いながら街を見下ろす。
ニーナに出会ってまだ、ほんの数日だけど。
僕は、大切なものを見つけた。
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