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11 岐路

お茶会の翌日、先生の家を訪ねると、先生は急な仕事が入ったからと、バタバタと出掛けてしまった。

ニーナが庭にいるから相手をしてくれと頼まれて、庭に向かう。

ニーナは、庭の金木犀の影にいた。

白シャツにブルーのズボンという、男の子のような姿で、ストロベリーブロンドの髪を三つ編みにしている。


「こんにちは、ニーナさん」

声をかけると、ああ、アレク、お疲れと、気のない返事を返された。

お茶会の詩の朗読が素晴らしかったから、お兄さんたちにさぞや誉められて、ご機嫌なんだろうと思っていたため、拍子抜けする。

ニーナは、八つ当たりでもしているように、ブチブチと草をむしっている。


「ニーナさん、ご機嫌ナナメですね」

僕はニーナの隣に屈みこむ。

ニーナは僕をちらりと見て、また、しばらくブチブチ草をちぎってから、ため息をついた。

「そうなんだよ。アレク、聞いてよ」

ひどいんだと、いいながら、ぺたんと地面に腰を下ろす。

僕もニーナに習って地面に腰を下ろした。


「昨日のお茶会、詩の朗読とか、偉い人への挨拶とかすごく上手くいってさ、マルクスにもリヒトにもすごく誉められたんだ。で、ご褒美に、今度、街へ連れてってくれるって約束してくれたの。そこまでは、最高だったんだ」

うんうん、と頷く。


「なのにさ、マルクスとリヒトが、来週から1ヶ月間、ルナール家に一度帰ることになってさ…。二人は、わたしに王都に残れって言うの。…先生の家にいられるならよかったんだけど、先生も来週から、異国に旅に出ることになったんだって…。で、お前は、お茶会でクッキーをポケットに入れて持ち歩いていただろって、リヒトにバレていたみたいで、まだまだレディらしい振る舞いができていないから、王都に残して、マナーの先生の家でみっちり勉強させるって…」

なるほど。


「ニーナさんも、お兄さんたちと一緒に、ルナール家へ帰りたかったの?」

ニーナの、顔を覗き込む。ニーナは、キョトンとした。

「ちがうよ、ルナール家なんか、あんまり行きたくないよ。ルナールのおっさんは恩人だけど、なんだかみんな意地悪だし、あの家にいい思い出なんかない」

おや?


「お父さんなんでょ?」

ニーナは、げんなりとした顔をした。

「…ああ、アレクは知らないかもしれないけど、わたしは養子だからな。2年前に養子になったんだ、マルクス達と3人で。だから、お父さんっていっても、ルナールのおっさんとはそんなに話したこともない。でも、世話になってるからな、役に立たないといけないんだ」


ニーナは、軽く息を吐くように笑い、手を後ろについて、空を見上げる。


「わたしね、ずっと海で育ったんだ。…海はいいよお、自由でさぁ。そんで、果しなく広くてさぁ。ずーっと、波に揺られて、空や星を見てていいんだ。海の中だって、それはそれは綺麗で、魚と一緒に泳いでたら、嫌なことなんて何もない。そりゃ、海では、今みたいに、旨いものも食えなかったし、きれいな服なんて着たことなかったし、…死にかけたことも何回もある。…でもさ、陸に上がって、ルナール家になって、恵まれているんだろうけど、…なんだか窮屈になっちゃった」

ニーナは、また、ため息をつく。

ひざを抱えると、落ちていた小枝を拾い、地面を小枝でつつき始める。


「ルナール家になって、陸の人たちのことを学んだよ」

ふと、顔をあげて、僕の目をみる。

「勉強は嫌いじゃないんだ。科学とか歴史とか、地理とか。世界って、こんなに広くて、謎に満ちているんだって知ったし。音楽とか絵画とか芸術も、心にガツンと来るものがたくさんあって、面白いんだって。新しいことを学ぶのは、ワクワクする。…でもさ、…マナーってやつが、意味わかんないんだよね…」

視線をおとし、枝で地面をつついて穴を堀り始める。


「急いでいても走っちゃいけないとか、上に行きたいのに壁をよじ登っちゃいけないとか、手掴みで食べちゃいけないとか、いろいろ言われて。…で、ちょっと急いだだけで、もう廊下は走りませんとか、階段を飛び降りませんとか、紙に100回も書かされたりするんだ。もう、げんなりだったよ」

思わず吹き出して、ニーナに睨まれ、肩をすくめる。


「あ、いや、ニーナさんは、頑張ってきたんだなぁ、と思ってさ」

「そーなんだよ、アレクなら、わかってくれると思ったよ、わたしの子分だからな」

にっと、笑う。こちらもつられて笑ってから、きく。


「ニーナさんは、海に帰りたい?」

ニーナの緑色の瞳が泳ぐ。

「まだ、王都に来たばかりだし、まだここでやりたいことはあるから、帰れない」

「そっか、じゃ、マナーの勉強は嫌?」

うん、とニーナはすぐに頷いた。そして、また、地面を堀りはじめる。

「マナーの先生はどんなひと?」

「まだ、決まってない。シモン先生が知り合いをあたるって言っていたけど、急な話だし、どうなるかわかんない」


「へぇ、…じゃ、うちにおいでよ」

土いじりが止まり、キョトンとした目が帰ってくる。

「うちは貴族だから、マナーの先生もいるよ。あ、大丈夫、優しい先生だよ。マナーの一つ一つにも意味があるんだってことを、丁寧に教えてくれると思う。頭ごなしに、ニーナさんに押し付けたりしない」

ニーナは、首をかしげてから言った。

「アレクの家って、公爵だったっけ」


「そうだね、父はこの国の財政に関する仕事をしている。兄がふたりいるけど、今は、家にはいない。お屋敷はここからそう遠くないよ。客間もいくつかあるし、使用人は穏やかで優しい人が多い」

「アレクって、ひょっとして、すごい貴族んちの子どもなのか?」

驚いた顔に吹き出しそうになるのをこらえる。

「すごい貴族って定義が僕にはわからないけど、…ルナール家のお嬢さんであるニーナさんが、マナーを学ぶ場所としては、悪くないと思う」


ふうんと、考えるようにして、ニーナは僕から目をそらす。

「でも…、マルクスが、いいっていうかな」

「シモン先生から言ってもらえばいいよ。シモン先生がマナーの先生を探しているんだろ?」

ニーナの笑顔が戻ってきた。

「アレクって頭いいなっ」

「お褒めに預かり光栄です」

僕がおどけて会釈をすると、二人で目を合わせて、笑いあう。


先生が旅立ってしまっても、ニーナがうちに来てくれるなら、僕も退屈しない。

お互いのためにいい方法だと思った。

お読みいただきありがとうございます!

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