01 出会い
僕は窮地に立っていた。
物語でいうゴブリンのような人相の男が、僕を睨み付け、僕の襟を掴んでいる。
「この落とし前、どうつけるんだよ、坊主!」
男が一方的に喚く。
そんなに大きな声で言わなくても、聞こえる距離なのに。
「てめえのせいで逃げられたじゃねぇか!」
僕が市場に来たとき、この男が、小さな子どもの顔をひっぱたいているところを見て、驚いた。
この王都の市場でこんな暴行行為があるなんて、信じられない。
周りの人は誰も子どもを助けようとはしない。
男には、あと二人仲間がいて、子どもを取り囲んでいた。風体の悪い輩たちだ。
暴行を見てすぐに、僕は、男達のところへ歩み寄った。
「何をしているのですか、子ども相手に暴力なんて、やめてください」
と、男と子どもの間に割り込む。。
男が、僕に驚いて、子どもを掴む手を緩めたのだろう、子どもは脱兎のごとく走って行ってしまった。
どうやら、子どもはスリだったらしい。
スリに失敗して、男に捕まえられたところだったことを、子どもの代わりに捕まえられてから、知った。
で、今、男が僕に喚いている。なんだか僕は、逃げられそうにない。
でも、子どもに逃げられたのは、僕のせいじゃない。
「僕は、子どもに暴力をふるうのはやめてくださいと言っただけで、逃げられたのはあなたが手を離したからですよね」
僕は男を見据えて言う。
「ふざけんなよ、てめぇ!」
男は、僕を掴んでない方の手を、僕の顔の高さに引き上げた。これは、もしかして僕を殴るつもりだろうか。
やばい。
殴られるのを覚悟して、僕は目をつぶった。
どすっという音がして、僕の襟から、男の手が離れた。
僕はどこも痛くない。
そっと目を開けると、男は倒れていた。どういうこと?
僕の目の前には、帽子を目深に被った少年が、倒れた男を踏みつけ、見下ろしていた。白いシャツに茶色のズボン姿の少年は、僕の肩くらいの背丈しかない。
「何しやがるんだ!」
男の仲間が、少年につかみかかる。
少年はひょいと男をかわし、男の背中に回し蹴りをした。男が前のめりになって倒れこむ。
3人組のうちの残りの一人が、うおぉぉぉと叫びながら少年に掴みかかる。
少年は、高くジャンプして、向かってくる男の顔を靴の裏で受け止めた。
そのまま、男の顔を台にして、空中でくるりと回ると、男の背中を蹴倒した。
帽子が外れ、金髪がこぼれた。ふわりと着地した少年は、男たちを睨む。
いや、少年じゃない。女の子だ!
ストロベリーブロンドの髪が肩にかかり、緑色の瞳が鋭く光る。
うわっ、美少女!
遠くから、「お前たち、何をしている!」と声が聞こえる。制服を着た警官が、棍棒を掲げて、こちらに走って来る。
「逃げるぞ」
美少女は、僕に顔を近づけて囁くと、僕の腕を掴む。
倒れた男たちが、呻き声をあげながら起き上がろうとしているのを、目の端でとらえる。
僕は、少女に手を引かれ、慌てて走り出した。
茶色のズボンに、白いワイシャツ姿とは似合わない、ストロベリーブロンドが少女の肩で揺れる。
僕を掴む腕は白く柔らかそうだ。足の遅い僕を引っ張って走っていく。
市場を駆け抜け、街並みの狭い路地に入り、身を潜める。
追ってくる声は、無かった。
ふう、と息を吐き、少女は僕を振り返った。どう見ても12.3歳くらいの子どもだ。
頭ひとつ背が低い位置から、睨みあげる美少女は、迫力がある。
緑色の瞳が鋭く光る。なんだか、怒っているように見える。
「あ、ありがとう、助けてくれて…」
お礼がまだだったと、慌てて言うと、少女の顔が僕の手をぐっと引っ張り、僕の顔が少女に近づいた。
「お前な、自分の身も守れないくせに、危ないところに首突っ込むな」
美少女から発せられた言葉とのギャップにたじろぎ、返事もできないうちに、掴まれていた腕を強く突き放され、ふらついて尻もちをつく。
「お前が助けようとした子どもはスリだったんだ。スリに失敗したんだから捕まって当然だ。何で助けた!」
僕はその勢いに呑まれながら、言い訳を試みる。
「でも、子どもが殴られるのを、黙って見ている訳にはいかないでしょう」
「お前はバカか、スリの代わりに殴られてやる馬鹿がどこにいる」
ごつんと頭を殴られる。痛い。
僕は、頭を抱えて呆然とする。
「お人好しもほどほどにしろ。わかったな。」
と鼻先に指を突きつけられた。
「でも僕は」
僕は負けじと、少女の目を真っ直ぐ見る。
「…スリだろうが、なんだろうが、子どもは守りたいと思うし、暴力は許せない」
少女は、驚いた顔で僕をまじまじと見た。そしてフンと鼻を鳴らすと、
「もういい、勝手にしろ」
と、僕に背を向け走って行ってしまった。
僕は、殴られた頭をさすりながら、しばらく動けないでいた。
そして、その2時間後、僕は、また呆然としていた。
先ほど助けてくれた美少女が、僕の前にまた現れたからだ。
コバルトブルー色の生地に、金色の刺繍が美しいドレスを着て。
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