第9話 涼の計画
今日は土曜日なのでバイトが休みだ。
だから、大学の帰りに北河田のショッピングモールに寄って夏服をいくつか買った。
その帰り、駅前を通ると、和哉がちょうど改札を出てきた。
「今、帰りか」
「おぅ!」
いつもは無愛想な和哉なのに、なんだか機嫌がいいようだ。
これは、チャンスかもしれない。
もう一人のマネージャーを紹介してくれるよう、頼んでみよう。
俺は和哉を、牛丼屋に誘った。
「剣道部のマネージャー、もう一人いるよな?」
「いや、もう二人だ」
「そうなのか。初耳だな。そっちも可愛いか?」
「まあ、一般的には可愛いんじゃないか。派手だけどな」
珍しく、和哉がよく喋る。
いつもなら「くだらねぇ」と一蹴されるところだが。
「とりあえず、この前学食で会った茶髪でスタイルのいいマネージャーを紹介してほしいんだ」
「どうかな。俺、菜実さんとはあんまり喋ったことないんだよ。柚希さんに頼んだほうがいいかもな。今度話してみるよ」
菜実さんていうのか。
それにしても、やけに和哉が協力的だ。
店を出て少し歩いたところで、和哉が急に立ち止まる
和哉の視線の先を見ると、2人の女性がいる。立っている方は柚希さんじゃないか。
その時、座り込んでいた女性が急に立ち上がり叫んだ。
「もう一軒、行こう!」
あれは菜実さんだ。
あのパーフェクトなルックスを見間違えるはずはない。
菜実さんはまた座り込み、柚希さんが一生懸命立たせようとしている。
「手伝った方が良さそうだな」
俺たちが駆け寄り声をかけると、柚希さんはオロオロしながら言う。
「菜実が大変なことになっちゃって」
菜実さんは、今にも寝てしまいそうな状態だ。
柚希さんが自分の家に菜実さんを連れて行きたいと言うので、俺と和哉は菜実さんの腕を肩にかけて立ち上がる。
「あれー?いい男が二人もいるー。一緒に飲もう!」
菜実さんはかなり酔っている。
俺たちは苦笑いしながら、柚希さんの家に向かった。
スーパーを左に曲がり、少し歩くと柚希さんのマンションに着いた。
三階の一番奥が柚希さんの部屋らしい。
部屋の中に入り、菜実さんをベッドに寝かせた。もう、すっかり眠っている。
「ありがとう。私一人じゃ、どうしようもなかったよ。二人とも、座って。麦茶でいいかな?」
柚希さんがキッチンに行ったあと、俺は小声で和哉に言った。
「柚希さんの部屋に入れてラッキーだ。菜実さんともお近づきになれるかもしれないしな」
「おまえは、また……。でもまあ、これがきっかけで菜実さんとも話せるようになるんじゃないか。よかったな」
今日の和哉はやっぱりいつもと違う。
何かいいことがあったのは、間違いなさそうだ。
俺が問い詰めようとしたところに、柚希さんが麦茶を持って戻ってきた。
「すごくきれいな部屋ですね」
部屋の中を見渡しながら、俺は言った。
「このマンション、新築だからかな。涼くんも一人暮らし?」
「はい。今度遊びに来てください。この前も話しましたが、ぜひ、料理の試食に」
「そうだ、涼くんはシェフ志望なのよね。料理が得意だなんて羨ましい。私、簡単なものしか作れないから」
「よかったら、お教えしましょうか?」
「いいの? お願いしちゃおうかな」
「それじゃあ、来週の……」
そこまで言いかけたとき、和哉が突然口を挟む。
「おい、帰るぞ!」
和哉は立ち上がり、さっさと玄関の方に行ってしまった。
俺も仕方なくその後を追う。
「それじゃあ柚希さん、また改めて」
柚希さんに挨拶をし、ドアの外に出る。
エレベーターに乗ると、和哉が俺を睨む。
「柚希さんはダメだ。柚希さんに手を出すな」
そう言うと、和哉はさっさとエレベーターを降りて行ってしまった。
そういうことか。あの和哉が女に興味を持つなんて、これはおもしろい。
仕方ない、柚希さんは譲って、俺は菜実さん狙いでいくかな。
とりあえず、柚希さんと何があったのか、今度会ったときに根掘り葉掘り聞いてやろう。
翌日の午後、俺は家を出てバイト先に向かっていた。
もうすぐ駅に着くというところで、菜実さんが前を歩いているのが見えたのでダッシュで追いかける。
「菜実さーん!」
振り向いた菜実さんは、まるで不審者を見るような顔をしている。
「えっと、誰だっけ?」
覚えてないようだ。あれだけ酔っていたのだから当然だろう。
「俺、和哉の友達の横山涼です」
「昨日の……。迷惑かけてごめんなさい!」
菜実さんは、そう言って頭を下げる。
「いやー、別にいいですよ。誰だって、酔っ払うことはありますからね」
「まだ、二十歳になってないでしょ?お酒飲んだことなんてないくせに」
菜実さんは、いたずらっぽく笑う。
「初対面であんな醜態をさらしちゃって、最悪の印象だよね」
「いや、初対面じゃないですよ。学食で一度会ってます」
「いつだろう?覚えてないや、ごめん」
アウトオブ眼中ってやつか。
俺、結構モテる方なんですけど。ちょっとショックだ。
「あと、この前も見かけました。剣道部の部室の方へ歩いて行くのを。なんだか元気がなさそうに見えたんで、気になってたんです」
「ちょっと最近、いろいろあってね。だから昨日も飲みすぎちゃったんだ」
菜実さんは少し気まずそうな感じで言い、ため息をついた。
よし、ここはお決まりのパターンで……。
「あの、俺、シェフを目指していて、レストランでバイトしてるんです。もしよければ、今度何か元気が出る料理をご馳走しますよ」
「ほんとに?絶対だよ」
菜実さんは実質初対面の俺の提案に、意外にも乗り気だ。
これはチャンスだ。弱ってる女に優しく声をかけ、話を聞いてやり、美味しい料理でもてなして、そしてそのまま……。
菜実さんに食べてもらうメニューを考えながら、俺はバイトに向かった。
翌日、和哉と学食でお昼を食べているところに菜実さんがやって来た。
「元気の出る料理、いつご馳走してくれるの?」
すごい乗り気じゃないか。これは脈ありか?
結局、俺のバイトが休みの土曜日になった。
柚希さんも一緒でいいかと聞かれたので、了解した。
菜実さん一人じゃないのは少し残念だが、焦っても仕方ない。これから時間をかけてじっくりアプローチしていけばいい。
柚希さんが来るなら和哉にも声をかけるべきだろう。
隣にいる和哉に予定を聞いたら、問題なさそうだった。
菜実さんが去ったあと、和哉は微妙な表情で俺を見ている。
「俺は菜実さん狙いだ。安心しろ」
そう言うと和哉はホッとした表情になり、「ありがとな」とボソッと呟いた。
意外と素直なヤツだ。