第5話 高瀬守
「隣、いい?」
声がした方を見ると、細くて小さい女の子が立っている。
えっと、誰だ?
「どうぞ」
俺が答えるとその子は隣に座り、授業の準備をしながら話しかけてきた。
「私、原沢裕子。高瀬くん、剣道部の部長さんなんでしょ。忙しい?」
「まあ、忙しいかな…」
原沢さんが言うことには、俺は意外と有名人らしい。
確かに去年の大会ではなかなかいいところまで行ったしな。東城に比べればまだまだかもしれないが、俺も結構いい線いってるんだぞ。
「明日、練習見に行ってもいい?」
上機嫌になっている俺に、原沢さんが聞いてきた。
練習を見学だって?
俺の頭に、菜実の顔が浮かぶ。
そんなことしたら、きっとあいつにからかわれるだろう。
そういえばここ数日、菜実の様子がおかしい。
やけに突っかかってくるし、訳のわからない行動をとる。昨日なんて、突然怒って部室を出て行くし。
「迷惑かな?」
俺が黙っているので、誤解させてしまったらしい。
菜実のことなんて気にする必要ないよな。
いろいろ面倒だから、しばらくあいつとは関わらないようにしよう。
「うちには口うるさいマネージャーがいるけど、それでもよければ」
俺が答えると、原沢さんはクスッと笑う。
意外と可愛い。
こんな子がいたなんて、知らなかった。
俺はなんだか、久々に楽しい気分になった。
原沢さんが見学に来て以来、俺たちは一緒に行動することが多くなった。
素直でやさしくて、本当にいい子だ。
菜実みたいにヒステリックじゃないし、やかましくないし。
一緒にいるとゆったりした気持ちで過ごすことができる。
菜実といえば、原沢さんが見学に来た日も変だった。
稽古中に突然ズカズカと俺の前まで来て、わけのわからないことを怒鳴り散らしてたよな。
数日後、部活の帰りに原沢さんと待ち合わせをしているのを部員たちに見つかり、俺に彼女ができたと勘違いされて大騒ぎになった。
今まで剣道ばかりで女っ気がなかったからと言って、あそこまで騒がなくても……。
そんなわけで、俺たちは逃げるように駅に向かったのだ。
「なんかごめん。みんな勘違いしてて。彼女じゃないって、もう一度ちゃんと言っとくから」
帰り道、俺が謝ると原沢さんは悲しそうな顔でこっちを見る。
「彼女じゃないのにね……。迷惑かけちゃってごめんね」
原沢さんは今にも泣きそうだ。
俺、何かまずいこと言ったか?
俺がおろおろしてると、原沢さんが小声で話し始める。
「私、実はずっと前から高瀬くんのことが気になってたの。だから話せるようになって、すごく嬉しかった。彼女になれたら嬉しい。迷惑だったら、ごめんなさい。返事はまた今度でいいから。それじゃあ」
原沢さんは早口で一気に言うと、上りホームの方に小走りで行ってしまった。
全然気づかなかった。こんなに近くにいたのに。
俺はどこまで鈍い人間なんだ。
それにしても、剣道のことしか頭にない俺みたいな男を好きになってくれるなんて。
ここで逃したら、一生彼女なんかできないかもしれない。
「よし、明日返事しよう」
思わず声に出てしまった。久々に彼女ができると思うと、俺は嬉しくてたまらなかった。