第4話 杉本菜実
今日は部活がない日だけど、たまっている仕事を片づけるため私と柚希は部室に来ている。
一通り仕事が終わり、私は呟くように言った。
「なんか、イメージ違ったな」
柚希は少し考えるような素振りをしていたが、何のことだか思いついたようだ。
「もしかして、義経のこと?」
「うん。もっとさ、なんていうか、かっこいいと思ってた」
東条くんの剣道している姿は確かにかっこいい。険しい顔になるのは、集中している証拠だ。
ただ、彼の場合は剣道をしていない普段でも、顔が怖い気がするのだ。
私がそう説明すると、柚希が笑い出す。
「まあ、ちょっと強面かもねー。菜実はやさしい感じの顔が好きだものね」
「そうそう。あれなら、まだ、守の顔の方が好みだわ」
そう言い終わるか終わらないかという時に、部室に守が入ってきた。
「あれ?二人とも来てたのか」
今の聞かれた?
守のこと好きみたいなこと言っちゃったし。
私は居ても立ってもいられなくなり、荷物をまとめ出して立ち上がる。
「仕事がたまってんのよ!もっと減らしてよ!バカ!」
私はそう言って、部室を飛び出した。
柚希が心配して追いかけてきたが、「なんでもない、大丈夫!」と笑顔で答え、一人で帰った。
電車に乗った私は、さっきのことを考えていた。
あんなことぐらいで取り乱してしまった自分が不思議だった。守の顔の方が東条くんよりはいいと言っただけで、別に大した意味もなかったのに。
どうして私、あんな態度をとってしまったのだろう。
翌日、私は少し早めに部室に向かうことにした。昨日のことを守に謝りたかった。
今日の昼休みに学食で守とバッタリ会ったのだが、少しよそよそしさを感じた。
いつもならくだらないお喋りで盛り上がるはずなのに、「よお!」とだけ言って避けているかのように行ってしまったのだ。
なんて謝ればいいのか。守は許してくれるのか。
いろいろ考えすぎて頭の中がぐちゃぐちゃだ。部室へ向かう足取りも重い。
部室に入ると、守はまだ来ていなかった。
その直後、ドアが開く音がしたので振り向くと、小柄で細身の女の子が立っていた。
「あっ、ごめんなさい。ノックもしないで。あの、高瀬くん、来てませんか?」
「まだ来てませんけど」
「それならいいです。お邪魔しました」
女の子は軽く頭を下げてドアを閉めた。誰だろう。同じ学科の子だろうか。
しばらくすると他の部員がわらわらとやってきて、守と話すタイミングを逃してしまった。
何となく気分がのらず、少し遅れて武道場に向かう。
私が武道場に入ると、柚希がそれに気づいて手を振っている。
急いで柚希のところに行った私は、見学者がいることに気づいた。さっき部室に来た子だ。
「高瀬くんと同じ学科らしいわよ。さっき話してた」
私の視線に気づいた柚希が、教えてくれる。
なんだかいつもより、守が張り切っているように見える。
稽古の合間に守はその女の子のところへ行き、楽しそうにお喋りをしている。
そんな守の姿を見て、私はイライラして仕方がなかった。
守が稽古に戻ると、その子が私の方に向かって歩いてきた。
「さっきは突然すみませんでした。高瀬くん、教室にノートを忘れていたので届けに行ったんです。もしかしたら部室にいるかなと思ったから」
「そうですか」
私が素っ気なく答えると、女の子は何かを考えるような素振りをしていたが、思い出したかのように言った。
「もしかして、菜実さんですか?」
「そうですけど」
「やっぱり。高瀬くんから聞いてます」
そう言って、クスッと笑う。
嫌な感じ。何を聞いてるって言うのよ。
もう、我慢の限界だった。
気付くと私は、稽古中の守の前に立っていた。
「菜実、どうした?」
守は驚いて私を見ている。
私は、自分の感情が制御できない。
「女の子に見られてるからって、調子にのってんじゃないわよ!バカ!」
私は武道場を飛び出した。
柚希が私を呼んでいたようだが、振り返らなかった。
私は走って走って駅に向かった。
駅に着く頃には気持ちも少し落ち着き、電車の中でさっきの出来事を思い返していた。
どうしてあんなことぐらいで取り乱してしまったのか、自分が不思議だ。
私にとって、守って何なのだろう。
守とは、いつもふざけ合ってるのが楽しい。
自分が守をからかって守が怒り、守が自分をからかって自分が怒る。そういう関係が心地良い。
今までずっとうまくいっていた。
それなのに、最近何かがおかしい。
今までのような関係が壊れてしまうのが怖い。守の隣にいたい。ずっと一緒にいたい。
それが本音ってこと?
私は初めて、自分の気持ちに気づいたのだった。






