ヌイグルミの気持ち
僕、ぬいぐるみはどこにでもあるぬいぐるみ。
ある日突然、僕はワイヤーに吊られてあるカップルの手に渡った。
嬉しそうな女の子の顔と、得意げな男の子の顔が印象的だった。
そして、僕はその女の子といつも一緒だった。どこへ行くにも何をするにも。
日々の扱いは違ったけれども、たいていはすぐに僕を可愛がってくれた。
嬉しい時も悲しい時も…
それから半年がたったある日、僕は暗い淋しい押入れの中に入れられた。
女の子の手にはあの時にしていた指輪はまだ付いていた。
1カ月がたとうとした日に、押入れの片づけをしていた女の子は、偶然僕を見つけた。
懐かしそうな顔と悲しそうな顔が入り混じっていた。
その時、僕は見てしまった。女の子の指には指輪がなかったことを。
片付けが終わって、またぼくは孤独な押し入れの中に戻された。
そして1週間がたった。足音が近づいている。
僕は、うすうす気が付いていた。
遠いところへ誰も知らないところへ送り出されることを…
気がつくと、僕の背中に三百円と貼られていた。
幼稚園生くらいの小さな女の子が欲しいとねだっていた。
その子の父親は、はじめのうちはわがままはよしなさいとその小さな女の子に言っていたが、根負けしたのか僕を買った。
それからというもの僕はその小さな女の子といつも一緒だった。
出かける時も、寝る時も…。
ある日、弟が内緒で僕を外へ持ち出した。
小さな女の子は、僕がないことに気がつき、泣き出した。
弟が僕を持って帰った時には、僕はボロボロになっていた。
小さな女の子は怒って、弟を泣かせた。
母親はお姉ちゃんだから我慢しなさいといなさめた。
小さな女の子は、ボロボロになった僕をもって、子供部屋にこもってしまった。
そのまま寝てしまった。
そっとおばあちゃんがやってきて僕を持っていった。
小さな女の子が朝になって目が覚めて、僕を見たとききれいに繕われていたので、機嫌が直った。
それからというのも、小さな女の子は僕をはなさずに持っていた。
月日がたち小さな女の子は小学生になり、僕の相手をしなくなりおもちゃ箱の底に忘れ去られていた。
そして、大学生になった女の子は、引っ越しのために部屋を片付けていた。
タンスの隙間に落ちていたほこりまみれの僕を見つけて、あの日を思い出すかのように僕をしばらく見つめていた。
汚れがとれた僕は、その女の子の友達の手に渡った。
生まれたばかりの赤ちゃんのベッドのわきに置かれた。
その友達は僕で赤ちゃんをあやした。
赤ちゃんは僕をくわえたり振り回したりして遊んだ。
飽きると僕をベッドの下へほうり投げ、ぐずって母親を求めた。
母親は落ちている僕を拾って赤ちゃんのベッドのそばに置いた。
赤ちゃんは大きくなるにつれ、男の子らしく乱暴に僕を放り投げたりのしかかったりした。
男の子が中学生になると、母親と口をきかなくなった。
しばらくして僕は、男の子の夢の中に出た。
赤ちゃんのころ僕で男の子をあやしている夢だった。
男の子の寝顔は涙があふれていた。
痛んで汚れてボロボロになった僕は、捨てられた。
だけど、それで終わりじゃなかった。
一人で寝まきで歩いているお年寄りの女性に拾われた。
そのお年寄りの女性は僕を見てぶつぶつつぶやいていた。
そこに息子がかけつけた。その表情は不安と焦りと困惑がまじりあった顔だった。
女性は僕のことを見ながら、息子に昔あなたのお父さんからもらったものだよと言った。
息子は不審な顔をしながらも、うなずいていた。
その女性は家に持ち帰って、毎日僕に話しかけた。
周りがどう思っているのか知らずに。
僕が女性の手から少しでもはなれると、とても取り乱した。
女性は亡くなった。
誰も見たことのない指輪をしていると周りは騒いだ。
どこからまた拾ってきたのだろうということで話は落ち着いた。
僕は知っている。
僕の中からその指輪を取り出したことを。
指輪には得意げな顔をした、あの男の子のイニシャルが刻まれていることも。
僕は、その女性と一緒に棺の中に入れられた。
僕の使命は終わった。
僕は、人との間で交わされる情をほんの一握りしか見ることはできなかったけど、
愛に生まれて
愛に生き
愛に尽くして
愛に死す
ことを、目の当たりにできた。
また情の観察を続けようと思う。
そして、あなたのヌイグルミに宿ります…