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山の端から、陽が昇りだす頃。
ウタイは激痛に叩き起こされた。
「あうっ!」
心臓を握り潰されるような衝撃。まただ。また、あの痛みだ。
胸を押さえつける。
「く……」
しばらく我慢していると、痛みは波のように引いていった。
硬直した体から、力が抜けていく。
百を数える間、ウタイは仰向けのまま動けなかった。それから、ほうと大きく息を吐いた。
その顔に影が差した。
「まだ痛むか?」
ポロノシューが、彼女を覗き込んでいた。
「……もう平気よ」
「なら、朝食の時間だ」
義理は果たしたとばかりに、背を向けるポロノシュー。
「もうちょっと心配しなさいよ」
まだ少し荒い息の下から、不満をぶつける。
嗅ぎ慣れた、独特の香りが鼻をつく。
すでにポロノシュー特製薬草スープが、小鍋のなかでいつもの芳香を放っていた。
「またそれ? わたし、食欲ないんだけど」
「食えるときに食っておけ。明日の朝には目的地に着く。後少しだ」
「判ったわよ」
もはや口答えする気力もない。
ウタイは、立つのも億劫だったので、両腕と右足で器用に這いながら、焚き火の側まで移動した。
「……あれ、ひょっとして今、わたしを励ましてくれたの?」
だが、ポロノシューから返答はない。
ウタイは諦めて、朝食に取りかかった。
「ああ、もうやだ……」
体じゅうの血が、このスープと入れ替わっているんじゃないだろうか。ぶつぶつ文句を垂れながらも、半ば無理矢理、胃袋に詰め込んだ。
その脇で、ポロノシューは無言のまま、自分の包帯を取り替えている。
何気なく横目で見ていたウタイは、思わずスープを喉に詰まらせそうになった。
彼の脇腹の傷口が、塞がるどころか、赤黒く変色していたのだ。まるで腐り落ちる寸前の果実のように。
見ていて気分が悪くなってきた。
「よく痛くない……」
そう言いかけて、ウタイは言葉を詰まらせる。
もしかして、彼は痛みを我慢しているのではないか。
何のために?
もちろん、護衛の依頼を全うするために。
ポロノシューは包帯を取り替えると、ウタイの前に座って、何事もなかったようにスープを自分の椀によそった。
だがその手が不意に止まる。
「どうしたの?」
「この前の生き残りが、仲間を連れてきたらしいな。ざっと十人……いや、もっといるか」
「じゅう……」
ウタイの顔から血の気が引いた。
いくらポロノシューが手練といっても、一度にそれだけの人数と相対するのは厳しいだろう。彼自身、深手を負っているのだ。
不安が顔に出ていたのか、ポロノシューがウタイの顔を見て、少し表情を柔らげたような気がした。
「そんな顔をするな。必ずおまえを、イェルフの里まで送り届けてやる」
彼が言うと、本当に何とかなりそうな気になってくる。
自然と顔が綻んだ。
しかしポロノシューは、曲刀を手に取ると、見向きもせずに立ち上がった。
「……ばかみたい」
ウタイは口を尖らせた。やはり気のせいだったのだ。この男が、他人に優しい顔など見せる訳がない。
命じられるまま、茂みのなかに姿を隠す。
別れ際、二人の視線が交差した。
「ねえ」
ウタイは言葉を掛けようとした。
だがポロノシューの姿は、すでになかった。




