表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イェルフと心臓  作者: チゲン
第一部 イェルフと心臓
9/61

9頁

 山のから、陽が昇りだす頃。

 ウタイは激痛に叩き起こされた。

「あうっ!」

 心臓を握り潰されるような衝撃しょうげき。まただ。また、あの痛みだ。

 胸を押さえつける。

「く……」

 しばらく我慢していると、痛みは波のように引いていった。

 硬直した体から、力が抜けていく。

 百を数える間、ウタイはあお向けのまま動けなかった。それから、ほうと大きく息を吐いた。

 その顔に影が差した。

「まだ痛むか?」

 ポロノシューが、彼女を覗き込んでいた。

「……もう平気よ」

「なら、朝食の時間だ」

 義理は果たしたとばかりに、背を向けるポロノシュー。

「もうちょっと心配しなさいよ」

 まだ少し荒い息の下から、不満をぶつける。

 ぎ慣れた、独特の香りが鼻をつく。

 すでにポロノシュー特製薬草スープが、小鍋のなかでいつもの芳香を放っていた。

「またそれ? わたし、食欲ないんだけど」

「食えるときに食っておけ。明日の朝には目的地に着く。後少しだ」

「判ったわよ」

 もはや口答えする気力もない。

 ウタイは、立つのも億劫おっくうだったので、両腕と右足で器用に這いながら、焚き火の側まで移動した。

「……あれ、ひょっとして今、わたしをはげましてくれたの?」

 だが、ポロノシューから返答はない。

 ウタイは諦めて、朝食に取りかかった。

「ああ、もうやだ……」

 体じゅうの血が、このスープと入れ替わっているんじゃないだろうか。ぶつぶつ文句を垂れながらも、半ば無理矢理、胃袋に詰め込んだ。

 その脇で、ポロノシューは無言のまま、自分の包帯を取り替えている。

 何気なく横目で見ていたウタイは、思わずスープを喉に詰まらせそうになった。

 彼の脇腹の傷口が、塞がるどころか、赤黒く変色していたのだ。まるで腐り落ちる寸前の果実のように。

 見ていて気分が悪くなってきた。

「よく痛くない……」

 そう言いかけて、ウタイは言葉を詰まらせる。

 もしかして、彼は痛みを我慢しているのではないか。

 何のために?

 もちろん、護衛の依頼をまっとうするために。

 ポロノシューは包帯を取り替えると、ウタイの前に座って、何事もなかったようにスープを自分の椀によそった。

 だがその手が不意に止まる。

「どうしたの?」

「この前の生き残りが、仲間を連れてきたらしいな。ざっと十人……いや、もっといるか」

「じゅう……」

 ウタイの顔から血の気が引いた。

 いくらポロノシューが手練てだれといっても、一度にそれだけの人数と相対するのは厳しいだろう。彼自身、深手を負っているのだ。

 不安が顔に出ていたのか、ポロノシューがウタイの顔を見て、少し表情を柔らげたような気がした。

「そんな顔をするな。必ずおまえを、イェルフの里まで送り届けてやる」

 彼が言うと、本当に何とかなりそうな気になってくる。

 自然と顔がほころんだ。

 しかしポロノシューは、曲刀を手に取ると、見向きもせずに立ち上がった。

「……ばかみたい」

 ウタイは口を尖らせた。やはり気のせいだったのだ。この男が、他人に優しい顔など見せる訳がない。

 命じられるまま、茂みのなかに姿を隠す。

 別れ際、二人の視線が交差した。

「ねえ」

 ウタイは言葉を掛けようとした。

 だがポロノシューの姿は、すでになかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ