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空腹を覚えた。
そういえば、昨日から何も口にしていない。
厨房に食べ物はない。作ってくれる娘は、もういない。
水を飲んだ。腹は減っているが、料理をする気にはなれなかった。
杯を伝い、水滴が指先を濡らした。
あの日と同じように。
シュイの涙。
走り去る細い背中。
手を伸ばしたまま、ポロノシューは動かない。
動けない。
指先から、あのときの涙の滴が落ちる。
言葉を掛けなければならなかった。それなのに、何も言えなかった。
判らない。俺はどうすればいい。
「その人がいなくなって、やっとどれだけ大事だったか判るのね」
キローネの言葉を思いだす。
そのとき彼女は、夫のテモンが出稼ぎに行ってしまい、息子と二人で寂しい毎日を過ごしていた。
「俺がいる」
喉まで出掛かった言葉を、あのときポロノシューは飲み込んだ。
昔のことだ。
「…………」
あのとき、いっしょに飲み込んだ言葉は、今も消化できていなかった。
違う。消化できていないのは、あのときの言葉じゃない。
厨房に立ち尽くしたまま、ポロノシューはしばらく指先を見つめた。
そのうち水が乾いて、そこには何も残らなくなった。
冷たい指を包み込むように、ポロノシューは拳を握りしめた。




