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翌朝、シュイは里の医者を訪ね、足の具合を診てもらった。
「もう走っても大丈夫でしょう」
ほっとして周囲を見回すと、棚や机に、たくさんの文献や薬草が並べられていることに気付く。
充実している。誰かさんの所とは大違いだ。
「なんでここと麓で、こんなに違うのかしら」
シュイたちの里がある辺りは、標高もさほど高くなく、水も豊富にある。畑には灌漑が行き届いているから、冬でも食糧に困らない。
「薬も、いろんなのがあるし」
「秘宝のおかげですよ」
「そりゃ、判ってますけど」
シュイの里に伝わるイェルフ族の秘宝は、主に薬学に関する秘伝書だ。
今や廃れた魔術関連のものも多いが、生活に直結したもの……病や怪我に効く薬の処方箋などもあり、大変重宝している。
噂では、禁忌の秘薬についても書かれているらしいが。
「ねえ先生、熱冷ましの薬ってあります?」
「ありますよ」
医者は、快く粉薬を分けてくれた。シュイが飲むのだと、信じて疑っていない。
シュイは心中で医者に詫びながら、薬を受け取った。
「これがあれば」
居ても立ってもいられなくなり、里を飛びだす。もちろん誰にも見咎められないように、細心の注意を払って。
「もう、あたし……なにやってんのよ」
ばれたら、今度こそただでは済まない。
それでもシュイは斜面を駆け下り、大急ぎで沢を下っていった。