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イェルフと心臓  作者: チゲン
第三部 人間とイェルフ
45/61

6頁

 昼も過ぎた頃。

 ポロノシューの診療所は、男たちでごった返していた。

「なんなのよ、これは!」

 シュイは悲鳴をあげた。

 大半の連中は、たいした怪我もしていない。手当てもそっちのけでシュイの周りに群がっては、へらへらにやにやしながら、下らないことを訊いてくる。

「あんた、結婚してんのかい?」

「恋人は?」

「ど…どんな男が好みなんだい?」

 などと言った下世話な質問から、

「イェルフの里って、年じゅう花が咲いてるって?」

「魔術で魂だけ抜けだせるって聞いたけんど、どうやるんだい?」

「あんた、ほんとは百歳なんだって?」

 などといった、まさに根も葉もない与太話まで。

「いいかげんにしてよ!」

 と、声を荒げたい衝動しょうどうに何度も駆られた。

 なかには、ひっぱたいてやりたくなるほど、ひどい偏見もあった。

「人間は、まだあたしたちが魔術を使えると思ってるんだ」

 シュイの里に魔術師などいやしない。そもそも、噂すら聞いたことがない。だがこれが、人間たちにとっての真実なのだ。

 それにしても、とシュイは思う。

「なんなのよ、こいつら」

 つい先程まで、遠巻きに彼女を見つめてビクビクしていたくせに。

 なかには花束まで持ってくる男もいた。

「ちょっと、ポロノシュー、なんとかしてよ!」

 思わず救いの目を向けたが、どこ吹く風である。

「しっかり働けよ」

「こんなの仕事でもなんでもないじゃない!」

「患者の心をいやすのも、医者の仕事のひとつだ」

「こいつらのどこが患者なのよ!」

「借金まみれのくせに、口答えするな」

「こ…この……後で覚えてなさいよ!」

 結局、日が暮れるまで、男たちの質問攻めから解放されることはなかった。

 嵐のような時間だった。

 夕食をった後も、シュイはぐったりしたまま、しばらく動けなかった。

「やっと終わった……」

「イェルフを見るのは初めてという連中が多いからな。珍しかったんだろう」

「あたしは珍獣じゃないんだけど」

 ポロノシューが小声で、イェルフというだけじゃないがな、と付け足した。

「ねえ」

「なんだ?」

「人間って、イェルフのこと嫌いなんじゃなかったの?」

「そうだな」

 ポロノシューが、水の入った杯を、シュイの前に置いた。

「杯からこぼれた水は戻らないが、よく見ると、まだなかに残っているものさ」

「なにそれ?」

 億劫おっくうになって、シュイは考えることを放棄した。

 水を一気に飲み干すと、盛大な溜め息を吐く。

「とりあえず、医者の手伝いなんて、もう二度とごめんだからね」

 それがシュイの、今日一日を費やして得た教訓だった。

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