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イェルフと心臓  作者: チゲン
第三部 人間とイェルフ
44/61

5頁

 一歩表へ出るなり、シュイは衆目しゅうもくの的になった。

 野良仕事をしていた男たち、井戸端会議に勤しむ女たち、駆けまわって遊んでいた子供たち……皆が手を止め、驚愕の眼差しでシュイを見つめている。

「おい、ありゃイェルフじゃねか」

「なんでイェルフがこの村にいるんじゃ」

「すげえ別嬪べっぴんだ」

「ばか、そうやってイェルフは人間をたぶらかすのさ」

 好奇の目を向ける者。

 ささやきあう者。

 禁忌なものを見るように、顔をしかめる者。

 肌を刺すような視線。

 小さな村は、たちまち騒然となった。

 シュイは怒りと羞恥しゅうちで、拳を震わせながら歩いていた。

 こうなることは判っていたはずだ。だが、いざ現実を突きつけられると、思った以上にショックが大きい。

「あたしは見せ物じゃない」

 悔しさを言葉に乗せて、目の前を歩くポロノシューの背中に投げつける。

 聞こえたのかどうか、彼は何の返事も寄越さない。

「人間なんて、やっぱり下等生物だ」

 この男の口車に、まんまと乗せられてしまった。情けない。

 ちなみに足の負傷は、包帯を巻き直してもらうと治まった。慎重に歩けば問題ない。

「先生、どういうことなんだい」

 一人の農夫が、おっかなびっくり、ポロノシューに声を掛けてきた。

「今日だけ俺の助手になった。よろしく頼む」

 野次馬たちから、再びどよめきが起こった。

 シュイは、鋭い眼差しを農夫に向けた。農夫が、悲鳴をあげて逃げだした。

 反感と拒絶。

 八方からシュイを突き刺す視線。

 怒りを通り越して、シュイはしだいに呆れてきた。

「なんて閉鎖的な人種なの」

「行くぞ」

「ちょっと……」

 ポロノシューは、何事もなかったように平然と歩きだした。

 群がる野次馬たちの間に、自然と道ができていった。

「覚えてなさいよ」

 そのまま衆目にさらされつつ、二人はある祖末な小屋に辿り着いた。小屋といっても、立派に人が住んでいる。

 この小屋に限らず、村の建物は、どれも風が吹けば飛んでしまいそうなほど貧相で粗末だった。

 村人の衣服も、破れやツギハギだらけで、男児など裸同前である。

 貧しい村なのだ。ポロノシューは、あれでも実は余裕のある方だった。そのことにもシュイは驚愕した。

 ポロノシューはその粗末な小屋の戸を叩くと、返事も聞かずに開けた。

 湿った木の匂いがした。水けが悪い。

 椅子に座って本を読んでいた少年が、来客に気付いて顔を上げた。今朝会ったばかりのヤナンだった。

 ヤナン少年が、ポロノシューの姿を見て嬉しそうに駆け寄ってくる。しかしシュイに気付くと、条件反射のように身を強張らせた。

「ふん……」

 シュイは忌々いまいましげにそっぽを向いた。

 奥の粗末なベッドに、若い女が横たわっている。こちらは来客に気付くと、「まあ」と驚きつつも満面の笑みを浮かべた。

「わざわざ来てくれたの?」

「起きなくていい。それより具合はどうだ、キローネ」

 ポロノシューも、上体を起こそうとする彼女を制しながら、ほのかな笑みを返した。

 こんな顔もするのだなと、シュイは意外に思った。

「あなたの薬のおかげで、だいぶ楽になったわ」

「良かった」

 微笑むキローネの視線が、イェルフ族の娘に向けられる。

「彼女は、イェルフ?」

「シュイだ」

 ポロノシューは、なおざりに紹介した。

 勝手に名を教えたこともさることながら、その態度の方がシュイのかんさわった。

 キローネがくすりと笑う。

「あなたに、こんなかわいらしい恋人がいるなんて、ちっとも知らなかったわ」

「違うぞ」

「違うから」

 二人が同時に声をあげる。そして顔を向けあい、同時に渋面じゅうめんを作る。

「こいつはただの助手だ」

「あたしは手伝ってやってるだけよ」

 またも互いの言葉が混ざりあって、何を言っているのか判らない。

 キローネが、おかしそうに笑った。

「何がおかしいんだ」

 ポロノシューは憮然ぶぜんとする。

「あれ……もしかして」

 その態度に、シュイはピンと来た。

「とにかく、今日は休んでいた方がいい」

 ひと通りの診察を終えると、ポロノシューは医者らしく、しかつめらしい顔で告げた。

「でも、畑仕事があるから……」

「手が空いている奴に、俺から頼んでおく。君は治すことだけを考えるんだ」

 なおも食い下がるキローネを、半ば強引に寝かせ、ポロノシューとシュイは退出した。

 ヤナンが外まで見送ってくれた。

 最後にシュイと目が合うと、さっと逃げるように家のなかに戻ってしまった。

「かわいくない奴」

 表では、まだ野次馬たちが二人の様子を窺っていた。

 何人かの男に、ポロノシューはキローネの畑のことを頼んでいる。どうやら村人には顔が利くらしい。

 そのなかに、シュイを追いかけまわした猟師たちの姿もあった。

「あいつら!」

 やはり、この村の人間だったのだ。

 猟師たちは、シュイを横目で睨みながら、ポロノシューと小声で言い争っている。だがあまり強く言えないのか、渋々引き下がっていった。

「ざまあみろ」

 シュイは鼻で笑い飛ばした。

 それからすぐ、二人は帰路に就いた。

「足はもういいようだな」

 それが自分を気遣っている言葉だということに、シュイは少し遅れて気が付いた。今更だが、ポロノシューがわざとゆっくり歩いていたことにも。

 曖昧あいまいに頷くと、返す言葉が見つからず、話題を換えた。

「さっきの人、体が弱いの?」

「キローネのことか。ちょくちょく熱を出す」

「旦那は?」

「出稼ぎだ」

 キローネの夫は、元は腕のいい鍛冶職人だった。だが十年ほど前に、勤めていた都の工房を辞めて、夫婦でこの村に越してきた。

 ところが去年、その辞めた工房から再びお呼びが掛かり、家族を残して出稼ぎにいっているそうだ。

 この村を離れてから、すでに一年が経とうとしている。

「奥さんも大変ね。あんな子供抱えてさ。自分だって体も弱いのに」

「そうだな」

「いっしょに行けば良かったのに。都なら、腕の立つ医者だって、いっぱいいるでしょうし」

「そうだな」

「……ちょっと、聞いてるの?」

「そうだな」

「…………」

 ポロノシューは、まるで心ここにあらずだ。これでは、会心の嫌味も台無しである。

「あいつは、何をやっているんだ」

 独り言のように、この場にいないキローネの夫に対して悪態を吐いている。

 シュイは意味ありげな視線を送った。ようやくポロノシューが気付いた。

「何だ?」

「ずいぶん、キローネのこと気にしてるみたいね」

「患者だからな」

「無理しちゃって」

「どういう意味だ」

「さあね」

「おまえ、何か誤解しているんじゃないか」

「誤解って?」

「それは……」

「なになに?」

「……もういい」

 不機嫌そうに、そっぽを向くポロノシュー。

 やっと彼に一杯食わせてやったような気がして、シュイはにんまりと笑った。

 こんな調子で一日が終わる……と、たかくくっていた。

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