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薬品の匂いが鼻を突いた。
シュイは、うっすらと目を開けた。
「…………」
ベッドで眠っていたようだ。
「ここは……」
見知らぬ家だ。
紙のように薄い布団をめくる。
「うぐっ」
起き上がろうとした途端、体の節々に鋭い痛みが走った。
「いったあ……」
「無理しない方がいい」
「!」
横あいから、男の声がした。
若く物静かな……というより陰気な印象の男だった。今も、シュイの顔を暗い眼差しで見つめている。
「なんか、気持ちわる……」
それが彼女の第一印象だった。
男を警戒しつつ、腰の辺りを探った。
「短剣なら、外してそこに置いてある」
男の指差した先に、シュイの短剣があった。シュイの頬に、さっと紅が差した。
「おまえの名は?」
「あたしをどうする気?」
質問には答えず、シュイは男を睨みつけた。
男は軽く息を吐いた。
「仮にも命の恩人に向かって、ずいぶんな態度だな」
「恩人……」
シュイの脳裏に、気を失う前の出来事が蘇る。
「あたし、沢から落ちたんだっけ……」
「ひとつ間違えれば、死んでいるところだったぞ」
男が近付いてきた。
「来ないで」
シュイは慌てて布団を掻き寄せ、ベッドの隅に寄った。
「いたっ!」
右足首に痛みが走った。そこだけ厳重に包帯が巻かれている。
「たぶん、軽い捻挫だろう。まだ無理に動かすな」
男が、さらに近付いてくる。
「痛くない! いいから、こっち来ないで!」
激痛に耐えながら、手負いの獣のように男を睨みつける。
「うっ……」
また右足首に鈍痛が走り、シュイは呻いた。
男の掌が伸び、彼女の額に触れた。
「な…なにすんのよ!」
思わず、その手を乱暴に払いのけた。
「熱は下がったようだな」
さすがに気を悪くするかと思ったが、男はまたしても、呆れ気味に息を吐いただけだった。その余裕が妙に鼻につく。
「他は、せいぜい擦り傷程度だ。運が良かったな」
「……あんた、医者なの?」
「そうだ」
「全然、そうは見えないわね」
「ご挨拶だな」
シュイの無礼な物言いにも、男は軽い苦笑を浮かべるだけだ。
「とりあえず、何か食べる物でも用意しよう。おとなしくしていろよ」
「…………」
そう言うと男は退室した。
「くそ、まさか人間の世話になるなんて……」
シュイが悔しげに歯噛みしていると、戸が開き、男が再び顔を覗かせた。
「名を聞いてなかったな」
「人間に名乗る名前なんてないわ」
「そうか……俺の名はポロノシューだ」
男は勝手に名乗ると、戸を閉めた。




