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イェルフと心臓  作者: チゲン
第三部 人間とイェルフ
41/61

2頁

 薬品の匂いが鼻を突いた。

 シュイは、うっすらと目を開けた。

「…………」

 ベッドで眠っていたようだ。

「ここは……」

 見知らぬ家だ。

 紙のように薄い布団をめくる。

「うぐっ」

 起き上がろうとした途端、体の節々に鋭い痛みが走った。

「いったあ……」

「無理しない方がいい」

「!」

 横あいから、男の声がした。

 若く物静かな……というより陰気な印象の男だった。今も、シュイの顔を暗い眼差しで見つめている。

「なんか、気持ちわる……」

 それが彼女の第一印象だった。

 男を警戒しつつ、腰の辺りを探った。

「短剣なら、外してそこに置いてある」

 男の指差した先に、シュイの短剣があった。シュイの頬に、さっと紅が差した。

「おまえの名は?」

「あたしをどうする気?」

 質問には答えず、シュイは男を睨みつけた。

 男は軽く息を吐いた。

「仮にも命の恩人に向かって、ずいぶんな態度だな」

「恩人……」

 シュイの脳裏に、気を失う前の出来事が蘇る。

「あたし、沢から落ちたんだっけ……」

「ひとつ間違えれば、死んでいるところだったぞ」

 男が近付いてきた。

「来ないで」

 シュイは慌てて布団を掻き寄せ、ベッドの隅に寄った。

「いたっ!」

 右足首に痛みが走った。そこだけ厳重に包帯が巻かれている。

「たぶん、軽い捻挫ねんざだろう。まだ無理に動かすな」

 男が、さらに近付いてくる。

「痛くない! いいから、こっち来ないで!」

 激痛に耐えながら、手負いの獣のように男を睨みつける。

「うっ……」

 また右足首に鈍痛が走り、シュイはうめいた。

 男のてのひらが伸び、彼女の額に触れた。

「な…なにすんのよ!」

 思わず、その手を乱暴に払いのけた。

「熱は下がったようだな」

 さすがに気を悪くするかと思ったが、男はまたしても、呆れ気味に息を吐いただけだった。その余裕が妙に鼻につく。

「他は、せいぜい擦り傷程度だ。運が良かったな」

「……あんた、医者なの?」

「そうだ」

「全然、そうは見えないわね」

「ご挨拶あいさつだな」

 シュイの無礼な物言いにも、男は軽い苦笑を浮かべるだけだ。

「とりあえず、何か食べる物でも用意しよう。おとなしくしていろよ」

「…………」

 そう言うと男は退室した。

「くそ、まさか人間の世話になるなんて……」

 シュイが悔しげに歯噛みしていると、戸が開き、男が再び顔を覗かせた。

「名を聞いてなかったな」

「人間に名乗る名前なんてないわ」

「そうか……俺の名はポロノシューだ」

 男は勝手に名乗ると、戸を閉めた。

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