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イェルフと心臓  作者: チゲン
第三部 人間とイェルフ
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1頁

 シュイは山肌を駆け抜けていた。

 銀色に輝く美しい髪を、頭の後ろで無造作むぞうさに束ねている。そのせいで、先の尖った耳がはっきり覗いていた。

 滝糸のような銀髪と尖った耳は、シュイがイェルフ族の娘であることの証だった。

「バカな奴ら」

 シュイは鼻で笑った。

 乱雑に生えた木々の合間や、凹凸おうとつが激しい岩の斜面を、軽やかに疾走しながら。

 その後を、複数の人影が追ってくる。その手には狩猟用の弓が握られている。

 しかしシュイは、ましらの如く俊敏だった。追っ手の遥か前方に姿を見せたと思うと、瞬く間に背後に現れるなど、完全に相手を手玉に取っている。

 そうして、彼らが右往左往している様を、高みから見物しているのだ。

「あいつら……噂で聞いた野伏とは違うわね」

 追っ手は五人。恐らく麓の村の猟師だろう。本物こそ見たことないが、戦闘に慣れた野伏なら、さすがにもう少し熟練した動きを見せるはずだ。

「悪いけど、あたし、鹿や猪とは違うのよね」

 ここいら一帯は、険しい山脈地帯である。

 山を下れば人間の集落が、登ればイェルフ族の里があった。

 シュイは、その里長の娘として生を受けた。

 父や兄たちの口癖は「人間は野蛮やばんで愚か」「人間の村には近付くな」だった。

 もう耳にたこができた。

 しかし、禁止されればされるほど、好奇心が刺激される。あの勇猛な父をして「近付くな」と言わしめる存在とは、如何いかほどのものなのか。

 それをこの目で確かめるため、言いつけを破り、こっそり麓の村に近付いたのだ。

 だが、不覚にも猟師に見付かってしまい、こうして追われる羽目になった。

 もちろん、逃げようと思えばいつでも逃げられる。

 この山に精通しているシュイにとって、人間の猟師をくなど、赤子の手をひねるも同然だった。

 やはり父の言う通り、人間とは愚鈍な生き物のようだ。

 沢の上流に差しかかったとき、シュイは鼻歌さえ口ずさんでいた。

 だが、その余裕が油断を招いた。

 足元の岩が不意に崩れた。

 悲鳴をあげる間もなく、シュイの体は沢を転がり落ちた。

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