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シュイは山肌を駆け抜けていた。
銀色に輝く美しい髪を、頭の後ろで無造作に束ねている。そのせいで、先の尖った耳がはっきり覗いていた。
滝糸のような銀髪と尖った耳は、シュイがイェルフ族の娘であることの証だった。
「バカな奴ら」
シュイは鼻で笑った。
乱雑に生えた木々の合間や、凹凸が激しい岩の斜面を、軽やかに疾走しながら。
その後を、複数の人影が追ってくる。その手には狩猟用の弓が握られている。
しかしシュイは、猿の如く俊敏だった。追っ手の遥か前方に姿を見せたと思うと、瞬く間に背後に現れるなど、完全に相手を手玉に取っている。
そうして、彼らが右往左往している様を、高みから見物しているのだ。
「あいつら……噂で聞いた野伏とは違うわね」
追っ手は五人。恐らく麓の村の猟師だろう。本物こそ見たことないが、戦闘に慣れた野伏なら、さすがにもう少し熟練した動きを見せるはずだ。
「悪いけど、あたし、鹿や猪とは違うのよね」
ここいら一帯は、険しい山脈地帯である。
山を下れば人間の集落が、登ればイェルフ族の里があった。
シュイは、その里長の娘として生を受けた。
父や兄たちの口癖は「人間は野蛮で愚か」「人間の村には近付くな」だった。
もう耳にたこができた。
しかし、禁止されればされるほど、好奇心が刺激される。あの勇猛な父をして「近付くな」と言わしめる存在とは、如何ほどのものなのか。
それをこの目で確かめるため、言いつけを破り、こっそり麓の村に近付いたのだ。
だが、不覚にも猟師に見付かってしまい、こうして追われる羽目になった。
もちろん、逃げようと思えばいつでも逃げられる。
この山に精通しているシュイにとって、人間の猟師を撒くなど、赤子の手をひねるも同然だった。
やはり父の言う通り、人間とは愚鈍な生き物のようだ。
沢の上流に差しかかったとき、シュイは鼻歌さえ口ずさんでいた。
だが、その余裕が油断を招いた。
足元の岩が不意に崩れた。
悲鳴をあげる間もなく、シュイの体は沢を転がり落ちた。




