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結局、ジイロの提案は受け入れられなかった。
一笑に付されて終わりである。
長老衆の意志は、この里を放棄することで、すでに統一されていた。
どこの家も旅立ちの支度に慌ただしい。
自警団の面々も、自分の家や人手の少ない家庭の手助けに回ってしまい、ジイロの意見に耳を傾ける余裕などなかった。
それでも二日間、彼は里のイェルフたちの間を説いて回った。
イェルフの国が興れば、皆、人間の影に怯えることなく堂々と暮らしていけるのだ。もう、つらい放浪の旅を繰り返すこともなくなるのだ。
だが頭から否定する者、曖昧に頷く者、お茶を濁す者……反応こそ多々あれど、彼の言葉に賛同する者は皆無だった。
ここを離れることが決まった以上、そんな夢物語を聞いている暇などないのだ。
アコイの取り成しもあって、ジイロが今まで集めてきた武器だけは、男たちに分配された。やはり、いい顔はされなかったが。
「…………」
その日、ジイロは自宅にいた。
荷造りはとうに済んでいる。
旅に必要な最低限の物だけをまとめたので、家のなかには、まだ生活道具がある程度残されていた。引っ越しの直前のような物寂しさはない。
それが却って、諸々を置き去りにしていかなければならないという、事態の深刻さを強調しているようだった。
父の形見の曲刀を前に、ジイロはただ黙って座している。
シダは黙々と、薬草を選別していた。彼女のように十三年前の逃避行をよく覚えている者は、絶望より諦観の方が強かった。
だから里の放棄を告げられても、嘆き悲しむ若者たちと違い、すんなり受け入れることができた。
ただ、荷造りが巧くなってしまったことは、決して喜ばしいことではないと、彼女は知っていた。
あのとき幼かった息子は、今、大きな壁の前に立ち尽くしている。
「こんなとき、あの人が生きててくれたら……」
そう思うときは何度もあった。だが今ほど強くそう願ったことはない。
息子はあの曲刀に、何と語りかけているのだろう。曲刀は……あの人は、ちゃんと答えてくれるのだろうか。
「出掛けてくる」
それだけ言うと、ジイロはシダの顔も見ずに出ていった。




