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イェルフと心臓  作者: チゲン
第二部 イェルフの子供たち
29/61

15頁

 結局、ジイロの提案は受け入れられなかった。

 一笑にされて終わりである。

 長老衆の意志は、この里を放棄することで、すでに統一されていた。

 どこの家も旅立ちの支度に慌ただしい。

 自警団の面々も、自分の家や人手の少ない家庭の手助けに回ってしまい、ジイロの意見に耳を傾ける余裕などなかった。

 それでも二日間、彼は里のイェルフたちの間をいて回った。

 イェルフの国がおこれば、皆、人間の影に怯えることなく堂々と暮らしていけるのだ。もう、つらい放浪の旅を繰り返すこともなくなるのだ。

 だが頭から否定する者、曖昧に頷く者、お茶を濁す者……反応こそ多々あれど、彼の言葉に賛同する者は皆無だった。

 ここを離れることが決まった以上、そんな夢物語を聞いている暇などないのだ。

 アコイの取り成しもあって、ジイロが今まで集めてきた武器だけは、男たちに分配された。やはり、いい顔はされなかったが。

「…………」

 その日、ジイロは自宅にいた。

 荷造りはとうに済んでいる。

 旅に必要な最低限の物だけをまとめたので、家のなかには、まだ生活道具がある程度残されていた。引っ越しの直前のような物寂しさはない。

 それが却って、諸々を置き去りにしていかなければならないという、事態の深刻さを強調しているようだった。

 父の形見の曲刀を前に、ジイロはただ黙って座している。

 シダは黙々と、薬草を選別していた。彼女のように十三年前の逃避行をよく覚えている者は、絶望より諦観ていかんの方が強かった。

 だから里の放棄を告げられても、嘆き悲しむ若者たちと違い、すんなり受け入れることができた。

 ただ、荷造りが巧くなってしまったことは、決して喜ばしいことではないと、彼女は知っていた。

 あのとき幼かった息子は、今、大きな壁の前に立ち尽くしている。

「こんなとき、あの人が生きててくれたら……」

 そう思うときは何度もあった。だが今ほど強くそう願ったことはない。

 息子はあの曲刀に、何と語りかけているのだろう。曲刀は……あの人は、ちゃんと答えてくれるのだろうか。

「出掛けてくる」

 それだけ言うと、ジイロはシダの顔も見ずに出ていった。

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