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イェルフと心臓  作者: チゲン
第二部 イェルフの子供たち
28/61

14頁

 足早に歩くジイロを追って、アコイは山道を登っていた。

 里からは、さほど離れていない。ただ、あまり里の者が訪れるような場所でもなかった。

「……冗談じゃねえ、か」

 ジイロの気持ちは痛いほど判る。

 誰が好き好んで、住み慣れた土地を捨てたいものか。まして、この里で育ったアコイにとっては、故郷と言っても過言ではないのだ。

 木々が風に揺れる音に混ざって、水の音が聞こえてきた。

 沢に出たのだ。

 水は澄み、変わらぬ流れを湛えている。

 空気は冷たく、山歩きで火照った体を潤す。

 緑の枝葉は、戦いで疲れた心を和ませる。

 いつもと変わらない山の景色。

 夏。

 沢の一角に、小さな洞穴があった。

 自然にできたものかと思ったが、どうやら人の手により少し広げられているようだ。木の枝が覆いかぶさっているので、ぱっと見たぐらいでは存在に気付かなかった。

「これは……」

 その洞穴のなかを見て、アコイは驚愕する。

 太刀や短剣、弓に矢など、ざっと五十個以上の武器が揃っている。まるで武器庫だ。

「全部、山に入ってきた野伏から分捕ぶんどった物だ」

「ええっ!?」

「ちょくちょく手入れしてるから、いつでも使えるぜ」

「おまえ……奴らの武器を集めてたのか」

「いわゆる戦利品ってやつさ。捨てるよか、いいだろ」

 フフンと、得意気な顔で鼻を鳴らす。

「この前の夜襲で使っても良かったんだが……あのときは人数分の武器があったしな」

「いつの間に……」

 昨日今日では、ここまで集めることはできまい。

「これだけありゃ、少なくとも、あの連中とは戦えるぜ」

「でも、人間の武器を使うなんて……」

 綺麗にぬぐい取られているといえ、この刃には、親しかった者たちの血がこびりついているかもしれないのだ。

「僕は反対だ。里のみんなも、きっと使いたがらないと思う」

「武器に善悪なんてねえ。役に立つか立たねえか、だ。例え人間が使ってた物だとしても、今の俺たちには必要なんだ」

 ジイロが手に取り、差しだした太刀を、アコイは受け取った。ずしりと重い感触がする。自分たちが使っている武具より、遥かに質が高い。

「おまえの言葉とも思えないな」

 日頃あれほど人間を忌み嫌っているジイロが、その手垢てあかにまみれた武器を使うと言う。

「……俺も最初は迷ったよ。まあ今も迷ってるから、ここに隠してあんだけど。まだ、おまえにしか見せてねえし」

「だったらこんなもの……」

「こんなものなくても、人間には勝てるってか」

「それは……」

「だいたい、俺たちが普段使ってる武器だって、大半が人間の技術だろう。それに」

「それに?」

「人間どもが、自分たちの作った武器で殺られるんだぜ。結構なことじゃねえか」

 ジイロは、嗜虐しぎゃくめいた笑みを浮かべた。

 たぶんこれが本音なのだろう。

「なあ、おまえからみんなを説得してくれよ。俺が言ったって、たぶん聞いちゃくれねえしさ。この武器がありゃ、あの野伏どもなんか、ちょろいもんだろ」

「その後は?」

「?」

「野伏たちを追い払ったとして、その後でもっとたくさんの人間が攻めてきたら、どうするつもりなんだ?」

「もちろん全員ぶっ殺す」

 事もなげにジイロは答えた。

「そんな簡単に……」

籠城ろうじょうするんだ」

「何だって?」

 思わぬ言葉が、ジイロの口から飛びだした。

「いくら人間どもが攻めてきたって、里の防備を固めれば、簡単には落ちやしねえさ」

「……そんなことをしても、いずれは陥落かんらくする。だいいち籠城したとして、誰が援護にきてくれるんだ?」

 すると、我が意を得たりとばかりに、ジイロがにやりと唇の端を吊り上げた。

「俺が援軍を連れてくる」

「おまえが……?」

 思わず、眉根を寄せる。予想だにしなかった返答だ。

「おまえたちが里を守ってる間に、俺が各地を回って、生き残ってるイェルフたちを掻き集めてくる。世界じゅうのイェルフが集まれば、人間なんか屁でもねえさ」

「正気か?」

 あまりの突飛な発想に、開いた口が塞がらなかった。

「んなの、正気に決まってんだろ。そんでここに、イェルフの国を作るんだよ」

 ジイロの目は輝いていた。遠大な冒険の計画を立てた、子供のように。果てしなく広がる海を前に、心躍らせる船乗りのように。

「イェルフの国……」

 その言葉は、甘美な響きをもって、アコイの胸を浸した。

 だが、それは砂上の楼閣ろうかく

「やろうぜ、アコイ、俺たちでさ。母さんも、最長老も、トリンだって、みんなが安心して暮らせる国を俺たちの手で作るんだ」

 ジイロは熱に浮かされたように語る。

 彼の目に映っているのは、遥か昔に失われたイェルフ族の栄華ではなく、永遠に続く平和な里の風景なのだ。

 その顔を、目を、アコイは正視できなかった。

 眩しすぎる。

 眼差しから逃れるように、アコイは背を向けた。

「……とにかく、一旦里へ戻ろう。武器のことも含めて、最長老に相談しないと」

「そうだな」

 興奮したジイロの声に、アコイはやり切れない思いを感じていた。

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