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イェルフと心臓  作者: チゲン
第二部 イェルフの子供たち
25/61

11頁

 トリンが泣いている。

 子供の頃、トリンは本当に泣き虫だった。ジイロにいつも泣かされてたっけ。

 泣いた彼女をなぐさめるのは、いつも僕の役目だ。そのせいで、しょっちゅうジイロと喧嘩けんかをした。

 でも、本当にトリンのことを大事に思っていたのはジイロかもしれない。彼女に何かあったとき、真っ先に駆けつけていたのもあいつだったから。

 大人になり、美しくなったトリンが泣いている。

「トリン、泣かないで」

 自分の声で、アコイは目を覚ました。

 周囲には誰もいない。

「泣いてたのか」

 頬が濡れていた。

 夢を見ていたようだが、どんな内容だったか覚えていない。泣くほど悲しい夢だったのだろうか。

 アコイは、焦点しょうてんの定まらない目で天井を見上げた。

 里の診療所のようだ。薬品や薬草の匂いが、鼻腔びこうをつく。

 野伏に斬られたことを思いだした。

「動けない……」

 寝起きのせいか、体に力が入らなかった。

 腹部には包帯が巻かれている。どうやら、胴体は分断されずに済んだようだ。

 開け放たれた窓から、太陽の陽射しが差し込んでいる。

 鳥のさえずりが、風に運ばれて、部屋のなかを巡る。

 医者のコーテル先生が入ってきて、アコイを見ると破顔した。壮年の、穏やかな男だが、腕は確かだ。

「傷は痛むかい?」

「そんなには……」

「骨は折れてないし、内蔵も損傷ないようだ。君も案外、丈夫なんだね」

「すいません、お世話をかけて」

 コーテル先生は微笑みながら、アコイの体の具合をひと通り診て、満足そうに部屋を出ていった。

 また眠った。

 頬に温もりを感じて、うっすらと目を開けた。

 視界に、長く美しい銀髪がぼんやり映る。

「起こしちゃった?」

 夢のような声。

 窓から夕日が差し込んでいた。

 頬に触れていた手に、アコイは右手を重ねた。

「気分はどう?」

「トリン……」

 目で見なくとも、名を呼ばずとも、その温もりだけでアコイには彼女が判った。

 見て、触れて、名を呼んだのは、その存在をより確かに感じ取りたかったからだ。

「僕はどれくらい眠ってた?」

「丸二日ってとこかしら。思った以上に回復が早いって、先生がびっくりしてたわ」

 トリンが手を引っ込めようとしたので、アコイは思わず彼女の手首を掴んだ。

「心配しなくても、ここにいるから」

「みんなは……ジイロはどうなった?」

 トリンの瞳が曇る。

「ジイロは無事よ。とにかく今日はもう眠って。明日、また話しましょ」

「教えてくれ。他のみんなはどうなったんだ」

 トリンが困ったように曖昧あいまいな笑みを浮かべていると、ノックもなく病室の戸が開いた。

 現れたのはジイロだった。

「ウリクとゲーナが死んだよ」

「ジイロ!」

 トリンが非難めいた眼差しを向けたが、ジイロは無視した。

「……そうか」

 アコイは顔を背けた。

「僕の責任だ」

「そんな、アコイ……」

 トリンは慰めの言葉を探した。だが、見つかるはずもなかった。

 アコイの顔色が、先程より青白くなっている気がした。トリンは恨めしげにジイロを睨みつけ、喉の奥で唸った。

「今言わなくたっていいじゃない」

 そういう配慮が、ジイロには欠けているのだ。

「……本当にすまない、ジイロ」

「謝ってる暇があったら、さっさと傷を治せ」

 彼らしい憎まれ口だ。怪我はしていないようなので、アコイは少し安堵した。

「野伏たちは?」

「向こうも相当な痛手を受けたみてえだし、今のところは、おとなしくしてるな。まあ、何か仕掛けてきても俺が片付けてやるさ。特に……あの野郎だけはな」

 ジイロの目に、黒い炎が宿る。

 あのとき、完璧にジイロの背後を取った男。ただの野伏ではあるまい。

 少なくとも、今まで見かけたことはなかった。この数日の間に合流したと考えられる。

「焦るなよ」

「判ってる」

 それだけ言うと、瞳に黒い炎を点したまま、ジイロは病室を出ていった。

「いつまで握ってるんだ」

 出がけに、そう言い残して。

 アコイとトリンは、互いの顔を見合わせ、慌てて手を離した。

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