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イェルフと心臓  作者: チゲン
第二部 イェルフの子供たち
24/61

10頁

 虫の鳴き声が、かまびすしい。夏の、この山にしては珍しく、少し蒸し暑い夜だった。

 アコイは、脇に汗を感じた。冷や汗かもしれない。

 野伏たちの野営地は、目と鼻の先だ。

 ここにいるのは八人の精鋭。革鎧に弓を持つ者が四人。あとの四人は、革に板金を縫いつけた鎧に、曲刀をいている。

 隣に黒い影が並んだ。

 ジイロだ。その目は獲物を狙う猛禽もうきん。暗闇のなかでもはっきり見て取れるほど、異様な輝きを放っている。

「早く行こうぜ」

 その頼れる戦士は、はやる気持ちを隠そうともしない。

「もう少し落ち着いたらどうだ」

 不安になったアコイは、そう忠告せざるを得なかった。冷静さを欠くと、成功するものもしなくなる。

「判ってるけどよ」

 さながら、悪戯いたずらを仕掛けた子供のようにソワソワしている。

「……そうだな、そろそろ行くか」

 アコイはいよいよ腹を決めた。

 失敗すると、自分たちの命が危ういどころか、里の皆を窮地に陥れることにもなり兼ねない。誰も口にこそ出さないが、八人とも、そのことは肝に銘じてあるはずだ。

「頼むぞ、ジイロ」

「判ってるって。俺が言いだしっぺなんだ。失敗なんて、させねえよ」

「じゃあ失敗したら、おまえのせいにしていいんだな」

「ふざけんな」

 お互い顔を見合わせて、悪童のように笑う。

 肩の力が、程よく抜けていくようだった。

「僕にも守りたいものがあるんだ」

「何か言ったか?」

「いや」

 野伏たちの野営地が近付いてきた。

 生い茂る草木の合間から、焚き火が見え隠れしている。

 二人の野伏が、杯を手に談笑していた。こちらに気付いている様子はない。

 アコイが三人のイェルフを、ジイロも同様に三人のイェルフを従えて、部隊を二つに分ける。

 頃合を見計らって、アコイはかたわらの若者に合図を送った。若者が、肩に掛けていた弓を外し、鏑矢かぶらやを番える。

 緊張が頂点に達する。

 虫の声がやんだ。

 月に向け、矢が放たれた。

 ひゅうと甲高い音が、山間に響き渡った。

 次の瞬間、アコイは駆けだした。一人のイェルフがそれに続き、残った二人は弓を引き絞る。

 反対側から、ジイロともう一人のイェルフも駆けてくる。

 焚き火で談笑していた二人の野伏が、異変に気付き、抜刀した。

 そこに両側から二本ずつの矢が襲う。

 一本の矢が、野伏の足を掠めた。

 野伏が、軽い悲鳴をあげて身をかがめた。

「敵襲だ!」

 野伏の一人が、叫び声をあげた。

 ジイロの曲刀が唸る。

 野伏が、太刀でその刃を受け止めた。

 その背後から、もう一人のイェルフが斬りかかる。がっ、と鈍い音がして、野伏が仰け反った。

 アコイも曲刀を一閃する。

 足に矢を受けた野伏が、もんどりうって倒れた。彼が最期に見たものは、月明かりを受けて舞う、銀色の髪だった。

 テントのなかで眠っていた野伏たちが、抜き身の太刀を手に跳びだしてきた。

 そこへ矢が飛来する。命中こそしなかったが、彼らの行動をひるませるには充分だった。

「敵は何人だ!?」

「まずい、囲まれたぞ!」

 野伏たちは狼狽うろたえ、混乱していた。

 見たところ、残りの戦力は十か十一。埋められない差ではない。ましてや、相手は突然の襲撃に浮き足立っている。

 ジイロが、雄叫びとともに、一人の野伏に斬りかかった。誰かが焚き火を蹴飛ばし、辺りが月明かりのみの闇と化した。

 これ以上、矢の援護はない。敵味方が乱戦状態になってしまったからで、もちろん手筈てはず通りである。弓兵の四人も、すぐに駆けつけてくるだろう。

 ジイロはひと振りで野伏を斬り捨てると、向かってきた別の野伏の太刀を、力で弾き返した。

 虚をかれた野伏は、よろめき、思わず尻餅をついた。

 その上に影が差した。てっきり仲間の誰かが助けにきたのだと思って、彼は引きつった笑みを浮かべた。

 だがその目に映るのは、アコイの白刃だった。

「……!」

 あちらこちらで、野伏たちの悲鳴や絶叫があがっていた。

 アコイは曲刀に付いた返り血を払いながら、油断なく戦況に目を配った。

 戦闘の中心はジイロだ。

 その剣技は、むしろ斬るたびに冴え渡っていく。イェルフ族の秘宝を手に、月明かりに照らされて舞う姿は、銀色に輝く鬼神のようですらあった。

「うわっ!」

 そのとき、聞き覚えのある悲鳴があがった。

 仲間のイェルフが、肩を斬られ、その場にうずくまる。目の前には野伏がいて、太刀を振り上げている。

「危ない!」

 アコイが走る。

 だがひと足早く、ジイロが二者の間に跳び込んでいた。振り下ろされた刃を受け止め、押し返す。  

 野伏が、よろける。アコイが、その腹部に刃を突き立てた。

「怪我は?」

 ジイロが、イェルフの若者に手を差し延べた。とりあえず致命傷には至ってないようで、安堵する。

 他の仲間も手傷を負っている者が多い。

「ここまでか」

 とりあえず、野伏たちに被害を与えることはできた。成果は充分だ。アコイは、撤退の合図である呼び子を取りだし、口に当てた。

 そのときジイロの背後に、音もなく人影が立ちはだかった。

 他の野伏たちより、頭ひとつは大きい。巨漢の男だった。

 抜き身の太刀を、その頭上に振り下ろす。

「ジイロ!」

 鈍色の鉄線。

 男の目は、血の色に笑っている。

 アコイは男に向かって踏み込んだ。

 間に合う。この一撃を受け止めれば、後はジイロが何とかしてくれる。

 そう確信した瞬間、男が身を屈め、太刀の軌道を変えた。

「なに!?」

 男は予測していたのだ。アコイが飛び込んでくることを。

 鉄の刃が、横からアコイの腹に叩きつけられた。

「ぐッ!」

 強烈な衝撃とともに、体が宙に舞った。

 視界が浮き上がった。

 ジイロの絶叫が聞こえる。

 刀と刀が打ちあう音。

 怒号。

 悲鳴。

 妙に長い時間を掛けて、体は宙を舞い、背中から土の上に叩きつけられた。

 衝撃が神経を揺さぶったが、不思議と痛みはなかった。

 熱い。

 この血の匂いは、返り血か、それとも己が命の流れでる証か。

 呼び子を落としたことに、アコイは薄れゆく意識のなかで気付いた。

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