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イェルフと心臓  作者: チゲン
第二部 イェルフの子供たち
20/61

6頁

 ジイロは、脇目も振らずに家まで駆けた。

 家の前では、母親のシダとトリンが、薬草を干しているところだった。

「あっ、ジイロ」

 トリンが真っ先に彼の姿を見付け、おかえりと声を掛ける。

 しかしジイロは、無言でその横を通り過ぎ、家のなかへ入っていく。

「え……」

 戸惑うトリンの横で、シダは嫌な予感に眉をしかめた。

 すぐに、ジイロが飛びだしてきた。手に曲刀を握っている。

「お待ち」

 シダがジイロの前に立ちはだかった。

「どけよ」

 怒気をはらんだ声。トリンが寒気を覚えるほど、思い詰めた目をしていた。

「どかないよ」

 シダは動じない。

「ねえ、どうしたの? そんな物持ちだして、何するつもり?」

 不安げに尋ねるトリンに対して、ジイロは悔しさを絞りだすように答えた。

「オッティーさんが殺された」

「ええっ!?」

 二人の女は目を見張った。

「山に侵入した野伏にやられたんだ」

 押し殺したような声が、かえって彼の怒りを物語っている。

「オッティーさんが……うそ……」

 トリンはショックが大きかったのか、まだ呆然としている。

 シダは、厳しい顔で息子の腕をつかんだ。

「それで……仇討ちにでも行こうってのかい」

「判ってんなら、放せよ」

「駄目だ」

「なんでだよ」

「駄目なものは駄目だ」

「いいから放せよ!」

 パン! と乾いた音が響き渡った。シダが、ジイロの頬を強く張ったのだ。

「おばさん……!」

 トリンは目を疑った。

 ジイロも、信じられないものを見るように母親を凝視した。

「無駄死にする気かい」

「母さん……」

 徐々に、ジイロの目が正気を取り戻していく。

「怒りに任せて戦っても、返り討ちにされちまうだけだ。命を懸ける場所を間違ってんじゃないよ」

 声を抑え、シダは息子をさとす。

「ジイロ!」

 そこに、アコイが駆けつけてきた。

「アコイ……」

 トリンは、すがるような目をアコイに向けた。

「ねえ、オッティーさんが殺されたって、ほんとなの?」

 嘘であって欲しかった。あの優しいオッティーが……。

 アコイは一瞬、言葉に迷った様子を見せたが、苦々しげに頷いた。

「そんな……」

 トリンは、両手で顔を覆った。

 シダがすかさず、アコイに言葉を掛ける。

「今すぐ、若い連中の様子を見にいきな。ジイロみたいに、飛びだそうとする子がいるかもしれないからね。そのときは、あんたが止めるんだよ」

「はい」

「しっかりね」

 アコイは強く頷くと、きびすを返して走り去っていった。

「トリン、あんたは家に戻りな」

「でも、ジイロが……」

「この子のことは、あたしに任せて。あんたは帰るんだ」

「……はい」

 シダの言葉には逆らえず、トリンは渋々家路に就いた。

「なんで……」

 俯いたまま、ジイロがか細い声で呟いた。

「なんで止めるんだよ……」

「死ぬと判ってるのに、行かせる訳にゃいかないよ」

「殺されたんだぜ」

「聞いたよ」

 ジイロの曲刀を握る手に、また力がこもる。

「殺してやる」

「おまえ一人でかい」

「みんながいる。人間なんか皆殺しにしてやる」

「その前に、あたしらが全滅だ」

「んなことさせねえ!」

 叫び、顔を上げたジイロは、母の顔を見て言葉を失った。

「おまえを守れって、あたしゃ、あの人に頼まれたんだ」

 小さな、ごつごつした太い手が、ジイロの頬に触れる。

「もう誰も死なせたくないんだ」

 ジイロの手から曲刀がこぼれ落ちた。

 母の涙を見たのは、父が死んだとき以来だった。

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