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イェルフと心臓  作者: チゲン
第二部 イェルフの子供たち
18/61

4頁

 その夜の寄合に、アコイは加わった。昼間の報告も兼ねてのことだ。

 長老衆が集う寄合に、彼の若さで呼ばれるのは、将来を嘱望しょくぼうされている証だった。

 ジイロも出席したことがあるが、ものの数分もしないうちに居眠りを始めてしまった。それ以来、彼は一度も顔を出していない。

 長老といっても年齢はまちまちで、男が七名、女が三名。これにまとめ役である最長老を加え、十一名で長老衆が構成されていた。

「これで、今月に入って三度目か」

 長老の一人が、ぽつりと漏らした。

 人間たちの侵攻は、日増しに激しくなっていくようだった。

「去年までは静かなものだったが」

「そもそも、少し前までは、人間の姿さえなかったというのに」

 ここ数年の間に、山の麓近くまで、人間たちの開拓の手が伸びてきた。まだ規模は小さいが、集落のようなものもできつつある。

「いったいどうすればいいのか」

「何とかならないのか」

「有効な対策を」

 などと、それらしい発言は飛び交うものの、その晩も有益な結論は導きだせなかった。

 里の警固を強化しようということだけは全会一致したが、それが根本的な解決になるとは、アコイには到底思えない。

 苦虫を噛み潰したような顔で、帰途に就こうとしていると、最長老トスカに呼び止められた。

 頑健がんけんな初老の男である。かつては名にし負う猛者もさだったらしく、今もってなおこの里の大黒柱たる存在だった。

 若いアコイなど、その威風に、いまだに圧倒される。

 もっとも最長老の前で平然としていられるのは、彼の遅い娘であるトリンか、心臓に毛が生えているジイロくらいのものだろう。

 アコイはトスカの前に座すと、頭を垂れた。ちなみに寄合が開かれていたのも、最長老一家の住む館である。

「人間の動きを、おまえはどう見る」

 少し砕けた口調で、トスカはアコイに問いかけた。

「今までのような、単発的なものではないと思います」

「なぜそう思う」

「確証はありませんが」

 アコイは慎重に言葉を選ぶ。

「以前に比べて、統率が取れているんです。大きな侵攻の前触れかもしれません」

 もちろん、アコイの直感に過ぎない。しかし嫌な予感は常にまとわりついていた。

「判った。それを踏まえて、引き続き警固を続けてくれ」

「はい」

「頼むぞ。おまえには、近く、自警団の指揮をってもらうことになるからな」

「ぼ…僕がですか?」

 アコイは思わず耳を疑ってしまった。

「僕にはまだ無理です」

「おまえならできる。長老たちも納得している」

「ですが……」

 確かに今も自警団の中心的な立ち位置にはいるが、あくまで諸先輩の胸を借りているだけだ。彼自身、自分が役に立っているという実感はなかった。

 ジイロのように、一人で敵の半数近くを倒してしまっているならまだしも。

「自信がありません」

「初めは、誰もそうだ」

「荷が重すぎます」

「すぐに答えを出さなくていい。とにかく、考えておいてくれ」

「はい……」

 館を辞すと、表でジイロの母親シダが待っていた。

「ごくろうさん」

「おばさん……」 

 幼い頃に両親を亡くしたアコイは、独り立ちするまで、彼女の家で世話になった。いわば、育ての親のような存在だ。

 今夜も、寄合が終わるまで、わざわざ待っていてくれたのだろう。

 ほっとしたのか、急に疲れを感じて、アコイはつい甘えてしまいそうになった。

「ジイロは?」

 自制しつつ、血の繋がらない、だが深い絆で結ばれた兄弟の様子を尋ねる。

「おおかた、もう寝てるだろうね」

 シダは大仰おおぎょうに嘆息した。

「アコイがこんなに頑張ってるってのに。あのドラ息子ときたら……」

「いえ、今日一番戦果を挙げたのは、あいつですから」

「誰に似たのか、腕っぷしだけは強いんだよね」

 シダの夫つまりジイロの父親は、彼が幼い頃、人間との戦いで命を落としている。

「あれで、もうちょっと、落ち着きがあったらねえ」

「ジイロは冷静ですよ。戦闘の状況をよく見極めてる。僕なんかより、よっぽど指揮官にふさわしい」

「だめだめ。あの子に、みんなを束ねるなんて芸当ができる訳ないさ」

「はは……」

「急いで決めることないからね。じっくり考えて答えを出すんだよ」

 トスカとの会話の内容を、シダも知っているようだ。

「とにかく、今日はもう帰ってお休み」

「はい」

 シダの気遣いが、ありがたかった。自分のことを支えてくれる人の存在は、この上なく心強かった。

 少し、心が軽くなった気がする。

 明日も、早くから巡回に出なくてはならない。厄災は、こちらの事情などおかまいなしにやってくる。

 里を守るためなら、自信がどうこうなどと言っていられないのかもしれない。

「また明日、考えよう」

 頭がこんがらがってきて、アコイは早晩に結論を出すことをやめた。

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