4頁
その夜の寄合に、アコイは加わった。昼間の報告も兼ねてのことだ。
長老衆が集う寄合に、彼の若さで呼ばれるのは、将来を嘱望されている証だった。
ジイロも出席したことがあるが、ものの数分もしないうちに居眠りを始めてしまった。それ以来、彼は一度も顔を出していない。
長老といっても年齢はまちまちで、男が七名、女が三名。これにまとめ役である最長老を加え、十一名で長老衆が構成されていた。
「これで、今月に入って三度目か」
長老の一人が、ぽつりと漏らした。
人間たちの侵攻は、日増しに激しくなっていくようだった。
「去年までは静かなものだったが」
「そもそも、少し前までは、人間の姿さえなかったというのに」
ここ数年の間に、山の麓近くまで、人間たちの開拓の手が伸びてきた。まだ規模は小さいが、集落のようなものもできつつある。
「いったいどうすればいいのか」
「何とかならないのか」
「有効な対策を」
などと、それらしい発言は飛び交うものの、その晩も有益な結論は導きだせなかった。
里の警固を強化しようということだけは全会一致したが、それが根本的な解決になるとは、アコイには到底思えない。
苦虫を噛み潰したような顔で、帰途に就こうとしていると、最長老トスカに呼び止められた。
頑健な初老の男である。かつては名にし負う猛者だったらしく、今もってなおこの里の大黒柱たる存在だった。
若いアコイなど、その威風に、いまだに圧倒される。
もっとも最長老の前で平然としていられるのは、彼の遅い娘であるトリンか、心臓に毛が生えているジイロくらいのものだろう。
アコイはトスカの前に座すと、頭を垂れた。ちなみに寄合が開かれていたのも、最長老一家の住む館である。
「人間の動きを、おまえはどう見る」
少し砕けた口調で、トスカはアコイに問いかけた。
「今までのような、単発的なものではないと思います」
「なぜそう思う」
「確証はありませんが」
アコイは慎重に言葉を選ぶ。
「以前に比べて、統率が取れているんです。大きな侵攻の前触れかもしれません」
もちろん、アコイの直感に過ぎない。しかし嫌な予感は常にまとわりついていた。
「判った。それを踏まえて、引き続き警固を続けてくれ」
「はい」
「頼むぞ。おまえには、近く、自警団の指揮を執ってもらうことになるからな」
「ぼ…僕がですか?」
アコイは思わず耳を疑ってしまった。
「僕にはまだ無理です」
「おまえならできる。長老たちも納得している」
「ですが……」
確かに今も自警団の中心的な立ち位置にはいるが、あくまで諸先輩の胸を借りているだけだ。彼自身、自分が役に立っているという実感はなかった。
ジイロのように、一人で敵の半数近くを倒してしまっているならまだしも。
「自信がありません」
「初めは、誰もそうだ」
「荷が重すぎます」
「すぐに答えを出さなくていい。とにかく、考えておいてくれ」
「はい……」
館を辞すと、表でジイロの母親シダが待っていた。
「ごくろうさん」
「おばさん……」
幼い頃に両親を亡くしたアコイは、独り立ちするまで、彼女の家で世話になった。いわば、育ての親のような存在だ。
今夜も、寄合が終わるまで、わざわざ待っていてくれたのだろう。
ほっとしたのか、急に疲れを感じて、アコイはつい甘えてしまいそうになった。
「ジイロは?」
自制しつつ、血の繋がらない、だが深い絆で結ばれた兄弟の様子を尋ねる。
「おおかた、もう寝てるだろうね」
シダは大仰に嘆息した。
「アコイがこんなに頑張ってるってのに。あのドラ息子ときたら……」
「いえ、今日一番戦果を挙げたのは、あいつですから」
「誰に似たのか、腕っぷしだけは強いんだよね」
シダの夫つまりジイロの父親は、彼が幼い頃、人間との戦いで命を落としている。
「あれで、もうちょっと、落ち着きがあったらねえ」
「ジイロは冷静ですよ。戦闘の状況をよく見極めてる。僕なんかより、よっぽど指揮官にふさわしい」
「だめだめ。あの子に、みんなを束ねるなんて芸当ができる訳ないさ」
「はは……」
「急いで決めることないからね。じっくり考えて答えを出すんだよ」
トスカとの会話の内容を、シダも知っているようだ。
「とにかく、今日はもう帰ってお休み」
「はい」
シダの気遣いが、ありがたかった。自分のことを支えてくれる人の存在は、この上なく心強かった。
少し、心が軽くなった気がする。
明日も、早くから巡回に出なくてはならない。厄災は、こちらの事情などおかまいなしにやってくる。
里を守るためなら、自信がどうこうなどと言っていられないのかもしれない。
「また明日、考えよう」
頭がこんがらがってきて、アコイは早晩に結論を出すことをやめた。