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イェルフと心臓  作者: チゲン
第二部 イェルフの子供たち
16/61

2頁

 洗濯物を干し終えたトリンは、広場の方を望みながら、男たちの帰りを今や遅しと待っていた。

「心配しなくても、じきに帰ってくるさ」

 大きなかごを抱えて歩いてきた女が、やや呆れ気味に言った。籠のなかは、川で洗ってきたばかりの洗濯物でいっぱいだ。

 だがトリンは、胸の奥の不安を払拭することができなかった。

「シダおばさんは、ジイロが心配じゃないの?」

 つい、とげのある口調で言い返してしまった。

 シダは苦笑を浮かべる。

「あの子は、そんな簡単に死ぬようなタマじゃないさ。それにアコイもいっしょなんだ」

「そうかもしれないけど……」

「心配しすぎなんだよ、トリンは。あたしら、そんな暇じゃないんだ。はいこれ」

 そう言うと、シダは抱えていた籠をトリンに押しつけた。

 思わず受け取ってしまったが、存外に重く、籠ごと落としそうになった。

 シダが白い歯を見せる。小柄な体からは想像できないが、膂力りょりょくがある。

「これも頼むよ」

「シダおばさんは?」

「まだ、ひとつ残ってる」

 きびすを返し、すたすたと川の方へ戻っていく。

「元気だなあ、シダおばさん」

 あいかわらず凄い体力だ。いわく、鍛え方が違うらしい。

 一方のトリンは、すでに腕に限界を感じ始めていた。

「ととっ……」

 銀色の長い髪が左右に揺れる。部族のなかでも評判の銀髪が、陽光を浴びて白い輝きを放つ。

 籠を物干し台のところまで運ぼうとしたが、足元がお留守だったせいで、石に躓いた。

「きゃっ」

 体が前にかしぐ。

「おっと」

 横合いから青年の手が伸びて、トリンの体を支えた。

 おかげで転ばずに済んだのだが、その反動で、籠が手からすっぽ抜けてしまう。

「あっ」

 ボサリと音を立てて籠が土の上に転がり、洗ったばかりの洗濯物が、半分近くこぼれた。

「あー、やっちゃった……」

「何やってんだよ」

「……ジイロ」

 いつの間に、と言いかけてやめる。ばかにされるのが落ちだ。 

「アコイは?」

「……まず俺に対して、ありがとうとか、おつかれさまとか、無事でよかったとかねぎらいの言葉はねえのか」

「そんなの、心配するだけ無駄だもん」

「かわいくねえやつ」

「どっちがよ」

 溜め息を吐きつつ、汚れた洗濯物を集める。

「あーあ、もう一回洗い直さなくっちゃ」

「ほんとに鈍臭どんくさいよな」

「うるさいわね。見てないで手伝ってよ」

「なんで俺が……」

「か弱い女の子が苦労してんのよ。手を貸すのが男ってもんでしょ」

「誰が、か弱いって?」

「…………」

 睨みあう二人。

「ジイロ」

 青年の名を呼ぶ声。

 シダが、また洗濯物の入った大きな籠を抱えて戻ってきていた。

「母さん」

「おかえり、ジイロ。怪我はなかったようだね」

「……まあな」

 籠の陰から顔を覗かせたシダに、ジイロはぶっきらぼうな態度で頷いた。

「人間は?」

「んなの、全員殺ったに決まってんだろ。アコイがヘマさえしてなきゃね」

「アコイが、そんなドジ踏む訳ないじゃない。ジイロじゃあるまいし」

「んだと……」

 また睨みあうジイロとトリン。シダが苦笑する。

「アコイがヘマするような相手なら、この子だって無事じゃ済まなかったよ」

「だから俺は……」

「無事だったんだから、いいじゃないのさ。アコイだってじきに帰ってくる。それまでに、その汚れた分をもう一回洗ってきとくれ。二人でね」

「えっ、なんで俺まで……」

「いいから行ってきな。干すのはやっといてやるから」

「ちょっ……」

 シダは籠を地面に下ろし、なかの洗濯物を、手早く物干し台に掛けていく。

 その背中に文句を言いかけて、ジイロはあきらめた。抵抗しても無駄だと知っているから。

 隣で、トリンがうつむいたまま肩を震わせている。

「笑うな」

「ぶふっ」

 耐え切れず、とうとう吹きだすトリン。

「ほら、さっさと行ってきな」

「ああもう、判ったよ……ほら、行くぞ、トリン」

 シダにせっつかれて、ジイロは渋々、川に向かって歩きだした。

 その後ろを、汚れた洗濯物を抱えたトリンが、笑いながらついてくる。

「……覚えてろよ」

 小声で毒づくジイロの頬は、少し赤かった。

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