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男の背中に矢が突き立った。
山肌を転がり落ち、動かぬ骸となる。
「くそ!」
連れの男は、慌てて走る速度を上げた。
深い山の、木々が生い茂る急な斜面。足元にも気を配っていないと、木の根に躓いて転んでしまいそうだ。
そんななかを、男は必死で駆け下りていた。
薄手の革鎧を着た野伏である。
十人いた仲間も、今しがた九人目が殺られた。相手は予想以上に手練れだった。
「誰だ、イェルフがビビリの集まりだっつったのは……」
野伏は見知らぬ誰かに毒づいた。その認識が誤りだったと学ぶには、あまりに高い代償を支払わなくてはならなかった。
矢はすでに尽きた。走りながらそのことに気付いた野伏は、苛立ちまぎれに弓と箙を投げ捨てた。
斜面の下に人影。
まだ若い青年のようだ。がっしりした体躯の野伏と比べると、幾分痩せぎすに見える。
鮮やかな銀髪が輝いていた。
短いが、美しい。
その銀色の髪の青年が、弓を引き絞った。
「当たる訳ねえだろ!」
木々が乱雑に生えているため、二人の間の射線はほんの僅か、針の穴ほどしかない。
このまま木を盾にしつつ、接近戦に持ち込めば勝機がある。野伏は、にやりと唇の端を吊り上げた。
青年が矢を放つ。風を切る鋭い音が耳朶を打つ。
「へっ、素人が」
野伏は走りながら太刀の柄に手を掛けた。
矢が木の幹を掠めながら、針の穴ほどの隙間を抜け……野伏の胸を貫いた。
「がッ……!」
野伏の体が跳ね、山肌を転がり落ちた。
木に激突して止まる。
青年が歩み寄り、うつぶせになっていた野伏の体を、足で蹴り上げて裏返した。
「…………」
目を見開いたまま野伏は絶命していた。
「へっ、雑魚が」
青年は、野伏の太刀をもぎ取った。
茂みが揺れ、彼と同じく銀色の髪をした青年たちが姿を現した。皆、弓や曲刀を手にしている。
彼らは一様に、蔑むような目つきで、物言わぬ野伏の骸を見下ろす。やがて誰からともなく手を伸ばすと、その哀れな肉隗を引き摺って運びだした。
青年はそこには加わらず、野伏の足跡を逆に辿った。そして、捨てられた弓と箙を拾い上げると、満足そうに頷いた。
青年の耳は、先端がやや尖っていた。