14頁
朝、そのイェルフ族の少女は、里の外れで花を摘んでいた。
遠くに黒い点を見付けた。
初めは判然としなかったが、近付いてくるに連れ、それが人影だと知れた。
人影は左足が悪いのか、ひと振りの曲刀を杖代わりにしていた。今にも倒れそうなほど、弱々しい足取りだった。
やがて少女は、その人影がイェルフ族の娘であることに気付いた。
向こうも、呆然と立ち尽くす少女に気が付いたようだ。笑みをこぼした。儚い、消え入りそうな笑みだった。
口元には、びっしりと血がこびりついている。
と、その娘が、血を吐いて倒れた。
イェルフ族の少女は、慌てて里に戻り、父親に報せた。
「しっかりしろ」
少女の父親や大人たちが駆けつけ、倒れた娘の体を抱き起こした。
娘は、うっすらと目を開けた。
全身に包帯が巻かれているが、血でどす黒く変色している。
瞳に輝きはなく、息も細い。
もう手遅れだ。誰もがそう思った。
「頑張れ。すぐに医者のところへ連れていく」
それでも彼らは、そう言うしかなかった。
しかし、娘の手が、震えながらそれを制した。
「わたしは、北の里の長の娘ウタイです」
大人たちの間に、どよめきが走る。
「わたしたちの里は、人間に滅ぼされました。奴らは、もうすぐここに来るかも……みんな、早く逃げて……」
そこまで言って、ウタイは激しく咳き込み、また吐血した。
少女の父親は、無念の表情を浮かべた。
「よく……本当によく知らせてくれた。君は我々の命の恩人だ。さあ、すぐに傷の手当てを……」
「いいんです」
「えっ?」
「もう、ここでいいんです」
「…………」
少女の父親は、言葉に詰まると、その場にウタイを寝かせてやった。
「……心臓を食べたら死なずに済むなんて話、誰が信じると思ったの?」
ウタイは虚空に向かって呟いた。
「どうせ、わたしをその気にさせるために、適当な嘘を吐いたんでしょ。でも、もう騙されないわよ。意地でも、そんなもの食べてやんないんだから」
これでやっと、あなたの鼻を明かしてやれたわ。
ウタイは微笑した。
「ねぇ」
そして、彼女を初めに見付けた、幼い少女を呼んだ。
少女は大きな目を開いて、心配そうにウタイの顔を覗き込んでいた。
「人間のこと、どう思う?」
不可解な質問に、周囲の大人たちが顔を見合わせる。
少女は、少し考えてから答えた。
「わかんない。でも、みんなきらいって言ってるよ」
「そう」
ウタイは目を閉じ、
「でもね、なかには」
そっと開く。その瞳に少女の姿が映っている。
「人間のこと、好きになっちゃうイェルフもいるのよ。それに人間だって、イェルフのことちゃんと好きになるの。二人はね、ほんとに仲が良かったのよ」
返事を期待した訳ではなかった。ただ少女が、うんと大きく頷いてくれたので、ウタイは嬉しそうに目を細めた。
「そういえば、あいつにまだ、わたしの名前言ってなかったっけ……」
風が、ウタイの銀色の髪をなびかせた。
(第一部 完)