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遠くで響いていた剣戟の音が、徐々に近付いてくる。
「まずいわね」
ここにいては、敵に見付かるかもしれないし、流れ矢に当たる可能性もある。ウタイは杖を突き、ふらふらと立ち上がった。
そのとき、茂みを掻き分けて、血まみれの野伏が姿を現した。
「!」
ウタイの全身が総毛立った。ポロノシューに斬られたうちの一人だったが、まだかろうじて息があったのだ。
野伏は意識が朦朧としているのか、ゆらりゆらりと、こちらに向かって歩いてくる。
虚ろな目にウタイの姿を捕らえると、引きつった笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと太刀を振り上げた。
逃げないと。
体が竦んで動けない。
太刀が振り下ろされる。
「あ」
空気が抜けるような声をあげて、野伏が崩れ落ちた。
その向こう側に、返り血で真っ赤に染まったポロノシューが立っていた。
「ああ……」
膝の力が抜けそうになる。
礼を言おうとしたが、彼の肩に矢が刺さっているのを見て、思わず天を仰いだ。
もっとも当の本人はウタイの指摘でそれに気付くと、まるで棘を抜くように簡単に引き抜く始末だ。
「移動するぞ」
そう言うや否や、ポロノシューは返事も待たず、彼女の体を片手に抱き抱えた。
「ちょ…ちょっと」
ウタイは狼狽した。みるみる顔が赤くなる。
「暴れるな」
ポロノシューは駆けだした。
背後から野伏たちの怒号が聞こえる。
ポロノシューの呼吸が少し荒い気がして、ウタイはおとなしく身を任せた。これ以上暴れても、文字通り重荷になるだけだ。
しばらく走ると、大きな老木のうろがあった。ポロノシューは、そのなかにウタイの身を押し込めた。
「待って」
再び戦いに赴こうとする男を、ウタイは呼び止めた。
「あのね……」
そこまで言って、ウタイは一瞬、言い澱んだ。
ポロノシューは珍しく待っていた。彼女の顔を、じっと見つめながら。
「……戻ってきてね」
つい柄にもないことを口走ってしまった。
「判った」
「えっ?」
まさか、返事を貰えるなんて。
「それまで、ここでおとなしくしていろ」
「あ……」
半ば呆然とするウタイに背を向け、ポロノシューは駆けていった。