表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イェルフと心臓  作者: チゲン
第一部 イェルフと心臓
1/61

1頁

 もうどれくらい、山のなかをさ迷っているだろう。

 イェルフ族の娘ウタイは、銀色の髪を振り乱しながら考えた。

 少しとがった耳をそばだてる。

 追っ手の足音。

 一人。いや、二人。

「人間め……!」

 木々の間を走り抜けながら、しぼりだすように吐き捨てた。それだけ言うのがやっとだった。

「うっ……」

 痛みに顔をしかめる。

 まだ真新しい刀傷や打撲だぼく、転んだ際に負った擦り傷に切り傷……まさに満身創痍まんしんそういだった。傷口から流れた血を吸い、衣服は赤黒く変色していた。

 体力も底を尽きかけている。

 特に左のももがじくじくと痛んだ。刺さった矢を、強引に抜いたのがいけなかったのかもしれない。

 それでも、左足を引きずりながらでも、走るしかなかった。

 三日間。無我夢中むがむちゅうで逃げてきたのだ。

 元々ウタイたちは、北の山中にある隠れ里でひっそりと暮らしていた。彼女はその里長の娘だった。

 ところが三日前、何の前触れもなく人間……賊徒ぞくとと化した野伏のぶせりの集団が里を襲った。

 抵抗らしい抵抗もできず、里はあっという間に焼かれ、同胞も女子供の見境なく虐殺ぎゃくさつされた。

 ウタイの家族も殺された。

 目的は恐らく、イェルフの秘宝。

 彼女の里に伝わる秘宝は、一撃で山をも吹き飛ばすという伝説の杖。しかし、その使い方を知る者はなく、もはやただの古ぼけた骨董品こっとうひんだった。

 人間は、なぜあんな無用の長物ちょうぶつを欲しがるのだろう。共に逃げていた仲間の青年は、そうつぶやいて首をかしげた。呟いた直後、傾げた首を矢で射られた。

「この山を越えれば……」

 何度もバランスを崩し、よろけながら、それでもウタイは走った。

 野伏の気配が二つ、背後に迫っている。

 すぐ後ろにいる。

「この山を越えれば。この山を越えれば……」

 うわ言のように、繰り返し呟く。

 この山を越えても目指す場所はまだ遠い。それでもウタイは呟いた。

 野伏たちの息遣い。

 ぐじゅぐじゅとした黒い恐怖が、頭のなかでダンスをする。くだらない旋律せんりつに、ウタイの顔が歪む。

 殺すつもりなら、とっくにやっている。こいつらは傷付いた獲物をもてあそんでいるだけだ。

「狂ってる!」

 ウタイは腹の底から叫んだ。

 左の脇腹を矢がかすめた。

「あうっ!」

 山肌に倒れ込んだ。

 そこを二人の野伏に組み伏せられた。

 土を掻き、地面を這った。爪の間に土が食い込んだ。

「女だ」

「女だ」

 二人の野伏が、喜々とした笑みを浮かべる。狂気の笑みだとウタイは思った。

「イェルフの女は、どんなんだろう」

「どんなんだろうなあ」

 生温なまぬるい吐息が、首筋を撫でた。

 悪寒おかんが頭の先から脊髄せきずいを駆け抜けた。

「助けて、誰か助けて。わたしを殺して。はやく、はやく!」

 その言葉は、むなしい魂の叫び。絶望の導手たる野伏たちにさえ届かない。

「誰か!」

 一陣の風がうなった。

 トサリ。

 何か黒い物体が、ウタイの顔の間近に落ちた。

 野伏の首だった。

「!」

 ウタイは息を呑んだ。

「な……!」

 ズボンを脱ごうとしていたもう片方の野伏が、慌てて立ち上がり、太刀たちつかに手を掛けた。

 再び風が唸る。

 野伏の首が飛び、宙を舞い、あごの先から土の上に落ちた。落ちた拍子に、自らの舌をみちぎった。

 その返り血を顔面に受け……ウタイは、ゆっくりと気を失った。

 薄れゆく視界に、血刀を手にした男の姿を映しながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ