7
「文奈さん、その本を持ってきて」
星男が言った。
「うん」
文奈は図書室へと足を踏み入れた。
今は司書教師も居ないようだ。
文奈は図書室の本の位置はだいたい記憶していた。
「確か…ここに」
文奈が一冊の本を手に取る。
「ペーブ・ルーズ 伝説の打者」
ペーブはアメリカ野球界の強打者だ。
数々の輝かしい記録を打ち立てている。
プライベートはかなりルーズな人だったらしい。
文奈は、この本は読んでいない。
スポーツが苦手だからだ。
何となくの浅い知識しかない。
(でも、この人はすごいはず)
文奈は「ペーブ・ルーズ」の伝記を手に図書室から巨大スタジアムへと戻った。
星男に本を手渡す。
「銀河くん、その人は野球のすごい人だよ。それで何とかならない?」
星男が本を開き、猛スピードでページをめくりだす。
その両眼が激しく輝く。
それも束の間。
星男の顔つきがガラリと変わった。
めちゃくちゃ落ち着いている。
ガムを噛んでいるように口を動かした。
ゆっくりとした動作で本を文奈に返す。
「おい! いい加減にしろ!」
流星が怒鳴った。
「嫁よ」
星男が文奈に言った。
「だからまだ嫁じゃないよ!」
「退がって見ててくれ」
星男の言葉に文奈は不安げな表情を浮かべながらも、邪魔にならない位置まで退がった。
星男がバットを構える。
それは先ほどまでの何万回振ろうともボールにかすりもしなさそうな構えとは違う、威風堂々としたオーラを放つ構えだった。
「来いっ!!」
星男が吼えた。
まるで獅子の咆哮だ。
「ムッ」
星男の激変した様子に流星も気づいた。
(こいつ…まるで別人だ…)
しかし。
だから何だというのだ。
流星は思った。
小中学校でエースで鳴らした流星が星雲学園野球部に入ると、そこで待っていたのは補欠という残酷な現実だった。
どれほど頑張っても、それこそボロボロになるまで努力しても、遠く手に入らぬレギュラーの座。