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「私が『神の力』を渡さない気持ちは変わらない。今の出来事は気の毒だと思うが。その身体で私との剣術勝負に支障が出るようなら日を改めても良い」
「いえ」
星男が文奈を地面に立たせ、首を横に振った。
「ボクは少しでも早く嫁を連れて帰りたいので、このまま勝負します。全てのダメージは『嫁パワー』で完全に回復したので」
文奈が「嫁パワー」のところでクスクス笑う。
「そうか。では」
宝蔵院が大きく息を吸った。
「勝負は剣術勝負!! 敵を倒した方の勝ちとする!!」
宝蔵院が大声で言った。
「生徒会長は剣道の猛者です!! 銀河くんに本を読む時間をください!!」
文奈が手を挙げる。
宝蔵院が頷いた。
「元々、そのつもりよ。私はそれでも負けない…負けられない!!」
「銀河くん、図書室の扉を開いて」と文奈。
星男が図書室への扉を繋ぎ、文奈が飛び込む。
持ち帰ってきた本は「必殺の突き・起田総一郎」
起田総一郎は、この地方の地侍で江戸時代後期の剣豪である。
細身で中性的な美しい容姿。
若くして労咳を患っていたが、その剣の冴えは他の追随を許さなかったという。
特に突きの速さは尋常ではなく「迅雷」と称されるほどであった。
仲間の武士が起きた直後に「起きた? ねえ、起きた?」と何回も訊くお茶目な一面も文献には記されている。
ウサギを飼っていて「おきたくん」と名前を付けていたという説も存在する。
星男が本を超高速で読み終えた。
いつもの星男の天然さとはまた違う、飄々とした雰囲気が漂いだす。
「さあ、始めますか」と星男。
宝蔵院が頷いた。
星男と宝蔵院の前の空中から、それぞれ1本の木刀が出現する。
2人はそれを掴んだ。
「嫁は退がってて」
星男が爽やかに笑って、文奈の頬に左手で触れた。
先ほどまでの星男とは違う雰囲気に文奈が戸惑い、顔を赤らめる。
「気をつけて」
文奈の言葉に星男が頷く。
文奈が2人から離れ、星男と宝蔵院が木刀を手に向かい合った。
宝蔵院の全身から剣気が立ち昇る。
黒く美しい長髪が逆立ち広がった。
宝石のような瞳が爛々と輝く。
宝蔵院が大上段に構えた。
一方の星男は右手で木刀をだらりと下げている。
恐ろしく緊張が無い。
しかし。
宝蔵院は見抜いた。
敵の一見、無造作な佇まいの中、猫のようなしなやかさ、否、この場合は野生の虎の如き激烈な獰猛さが隠されていると。




