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「文奈さん、ボクの後ろについてきてください」
星男が言った。
文奈が頷く。
のっぺらぼうのスターターが天に向けた銃が号砲を放つ。
双子はスタートダッシュに成功し、2人で縦に並ぶとあっという間に走り去っていく。
星男も良いスタートを切ったが、文奈があたふたして出遅れたのを見て、後ろを振り向き待ってくれている。
「文奈さん!」
励ます星男の声で文奈も何とか、その後方へと追いついた。
「大丈夫、ボクがいっしょです! 何も考えず後ろについてきて!!」
星男の言葉に文奈は落ち着きを取り戻した。
星男の笑顔と励ましで驚くほどの勇気が湧いてくる。
星男がスピードを上げるのに合わせて文奈もペダルを回す。
(うそ!? すごく軽い!!)
運動神経ゼロのはずの文奈が実にスムーズに身体を動かせる。
前を走る文奈の背中に吸い込まれるように進んでいく。
(すごい、すごい!!)
市街地だったコースが徐々に郊外の田園風景へと変わる。
コースの行き先はそびえ立つ深緑の山々だ。
自転車と自分が一体となる感覚と身体を撫でる清々しい風。
(気持ちいい)
文奈は一瞬、勝負すら忘れた。
ただ、大好きな星男の背中を目指してペダルを漕ぎ続ける。
それだけで幸せだ。
実際は触れ合ってもいない星男とも、どこかで繋がっているような感覚がある。
全身から無限に力が湧き上がる。
文奈は不思議な高揚感のまま、前進し続けた。
気がつくと、いつの間にか宮村兄弟の自転車と並んで走っていた。
双子の顔はこちらを見て青ざめている。
余裕など、どこにも無かった。
((そんなバカな!!))
双子は恐怖を感じていた。
この勝負に負ければ「神の力」を失う。
そうなれば、またあのときのように2人は引き離されるかもしれない。
4年前。
2人の両親は事故で同時に亡くなった。
2人は父方の祖父に引き取られた。
母方の祖父母はすでに亡くなっていたので、他の選択肢は存在しなかったのだ。
祖父は資産家だったが双子の父が駆け落ち同然に結婚したため、絶縁状態であった。
祖父は早くに妻とは死別し、彼に意見できる者は誰1人としておらず、まるで大帝国の暴君の如き横暴さと無慈悲さを持っていた。
祖父は双子を別々の場所で生活させると宣言した。
双子が個々でも生きていける強さを身につけるためには、それが必要だと言う。
お互いに祖父の事業を引き継ぐための経営学を習得させ、優れている方を後継者にする。
双子にとってはこれは死刑宣告に等しかった。




