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「そんなに悲しまないで」


 母の右手が父の口元に伸びて優しく撫でた。


「私が慰めてあげる」


 そう言った母の瞳が突然、艶っぽく光る。


 勢いを弱めていた父の欲望が再び燃え上がった。


 ガバッと妻をお姫様抱っこする。


「静」と父。


 静の顔が歓喜にほころび、パッと赤くなる。


「良男さん」と静。


 良男も顔を赤らめ頷いた。


 静を抱いた良男は一目散で寝室へと飛び込んでいった。




 映画は恋愛映画だった。


 外国人の主役の男女が橋の上で抱き合っている。


 星男がこの前のコンビニのときと同じく「映画を観てみたいです」と言い出して、2人でやって来た。


 文奈自身も興味がある映画だったのに。


 映画館の薄闇の中、星男の隣に座っているだけで胸がドキドキして内容が頭に入ってこない。


 孔雀山との戦い。


 あれから全てが変わった。


 いきなり現れた星男が、やれ「嫁」だ「好きだ」と言っても、孔雀山に憧れているうちは相手が宇宙人というのもあって、何か現実味の無いじゃれ合いのような気持ちがどこかにあった。


 だが孔雀山との戦いで「どちらかを選ぶ」という選択を迫られたとき。


「天然ボケの宇宙人」銀河星男は「恋愛対象の異性」銀河星男へと変わった。


 自らの心の芯が星男を求めているとハッキリと気づいた。


 星男を好きになっていた。


「嫁」までは早すぎるが「恋人」にはなりたい。


 そこまで考えると文奈は顔が真っ赤になった。


 映画館の暗さで誰にも分からないだろうが。


 星男の横顔を見つめる。


 何とも、とぼけた顔をしている。


 が、今はそれが愛しい。


 完全に好きになってしまった。


 そして星男にも自分を愛して欲しい。


 突然、星男が文奈の方を向いた。


 スクリーンでは主役の男女が抱き合い熱い口づけを交わしているが、文奈と星男はお互いに見つめ合って気づかない。


「文奈さん」


 星男が小声で言った。


 映画館に入るときに文奈に「大声を出さないでね」と教えられたからだ。


 スクリーンからの光が星男の笑顔を照らす。


 イスの肘掛けに乗せた文奈の右手に星男が、そっと触れた。


 星男の手は温かかった。


 文奈の心臓が壊れてしまうのではないかと思うほど高鳴る。


 文奈も手を握り返した。


 恋人繋ぎにする。


 見つめ合う2人の耳に映画の主人公の台詞が聞こえた。


「I love you」




 ロードレースの自転車2台が連なって走る。


 先頭は銀河星男、そのすぐ後ろには紫文奈。


 長いレースの終盤、ゴールまでの直線300mを全力で漕ぐ。



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