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孔雀山の父が息子の頭を優しく撫でた。
緑色の光が孔雀山の胸から発生する。
胸から飛び出した光球が父の胸へと吸い込まれた。
父がまぶしく光り輝き、星男の姿に戻る。
「『鍵』をもらえました」
星男が言った。
ピンクの霧が晴れ、3人は2年D組の教室に戻った。
孔雀山の後ろに並んでいた大勢の女子たちが一斉にポカンとなる。
首を傾げつつゾロゾロと去っていった。
涙で汚れた顔を星男と文奈に向けて、孔雀山が言った。
「ありがとう」
清々しい声だった。
日曜日の昼。
前日の夜、来週末に行われる大事なプレゼンに関する予定外の変更に対応したため深夜まで仕事をしていた文奈の父は、ようやく目覚めた頭をフリフリ、リビングへとパジャマ姿で現れた。
キッチンでは文奈の母がエプロン姿で料理を作っている。
「あら。パパ、起きたのね」
IHコンロを止め、母が父の側に来る。
父の腕に抱きついた。
「お疲れみたいだったから起こさなかったのよ」
満面のスマイル。
「ママ!!」
妻のあまりのかわいらしさに父の…いや、紫良男の心が瞬時に燃え上がった。
良男の記憶が甦る。
良男26歳のとき。
会社の屋上。
昼休みである。
バレーボールに興じる4人の女子社員たちから、やや離れた位置に立つのは3人。
良男と社内一のイケメンナイスガイ、茂手田。
そして出逢った日から良男の心を捕らえて離さぬ美人社員、清宮静であった。
良男と茂手田は横に並び、2人の前に静が立っている。
「静くん!! 僕は君を必ず幸せにする!! 僕と結婚してください!!」
茂手田渾身のプロポーズ。
バレーボールをしていたはずの女子社員たちが、いつの間にか手を止めキャッキャッ言いながら遠巻きに3人を窺っている。
威風堂々として凛々しい茂手田の横で、良男はゆっくりと眼を閉じた。
深呼吸する。
容姿も仕事の能力も茂手田は自分より上だ。
おまけに茂手田の実家は大金持ちの資産家。
条件だけを考えれば、とても太刀打ちできる相手ではない。
しかし。
良男は思う。
今まで生きてきて、これほど人を好きになったことはなかった。
たとえ負けるとしても、ここは一歩も退けない。
いや、これは勝負などではない。
もはや身体中に満ち満ちて今にも爆発しそうな静への愛情を本人に伝えなければ気が済まない。
限界なのだ。
愛は心の器のふちを越え、外にあふれ出している。
前へ。
前へ進む。
良男の眼がバチッと開く。
「静さん!! あなたが大好きです!!」
叫んだ。




