第三話 事態は急転
「……何だよ、これ?」
ああ、私の予想は当たってしまいました。
「またあいつも俺を……騙したのかあああああ!? どっからどー見ても宿じゃねーじゃん! むしろ牢屋じゃねーか!」
そう、ここは牢屋。疲れた身体を癒す宿屋とは遥かに遠い地獄のような場所。しかも城の地下牢よりも、暗く陰惨としていました。
「うるさいなあ! 今考えてるんだから黙ってて……ってアンタ!?」
「あっ!? お前はカティア!? ん!? 奥にマーシャもいるじゃねーか!?」
牢屋の隅の方で二人の女が身を寄せて固まっていました。片方がマーシャ、マイクの元に様子を見にやって来た彼の妹。そしてもう一人、グラヴィスに話しかけたのがこれまで何回も名前を聞いてきたカティア。私は初めて彼女と会いましたが、そこからもうすでに気が強い性格が伝わってきました。
「お、俺はエルザに宿に飛ばすからこれに触れって……ああ!?」
グラヴィスが左手に握っていた魔力の結晶はいつの間にか消え去り、彼の左手を黒く犯し始めていました。
「なっ、何だこれ!? くそっ、消えろっ……」
「たあっ!」
カティアはグラヴィスの左手に手をかざし、黒い魔力を消し去りました。そこから少し沈黙が流れた後、彼女は話を始めます。
「……騙されてたのよ私達。エルザは魔王軍の参謀だったの……!」
「な……んだって……!?」
「アンタを置いていった後、アイツから魔王城への近道を見つけたって言われて……そしてアンタも持っていた魔力の結晶を触らせられてここに……」
「俺が置いていかれた所は魔王城から結構距離があったんだぞ!? そんないかにもな話……!」
「断ったのよ! 流石に怪しいって! そしたらアイツは本性を現して無理やり……!」
すると急に牢の扉が開く音がしました。重鎧に身を包んだ魔物が三体牢に入ってきました。
「喜べカティア、儀式の時間だ。なんとお前の妹も一緒にいるぞ!」
「えっ、メディアが……!? どうして……いや、放して!」
「この魔物共が……きゃあ!」
「うおおおおお! カティアを放せぐわっ!?」
カティアは魔物に両脇から抱えられ、牢から連れて行かれます。逃げようとしてじたばたと動いていますが焼け石に水です。そして彼女を助けようとしたマーシャとグラヴィスは少しして起き上がりました。
「……なあ? その……儀式って何?」
「……魔王はね、自身に傷を与える可能性のある光魔法の使い手……それを吸収ことで逆に力を得ようとしてるの……」
「吸収って……それじゃあ二人は……」
「死ぬ。良くて抜け殻になる。そして魔王は誰にも止められなくなる……」
マーシャは言いながら崩れ落ちていきます。
「もうだめだわ……おしまいよ……兄さん、カティア様、皆ごめんなさい、私は何も守れなかった……」
するとグラヴィスは立ち上がりマーシャのそばへと向かい、彼女の肩をぽんぽんと叩きました。彼女が見上げると、グラヴィスは親指を出して自分を指しました。
「俺を誰だと思ってる? 運命の剣を扱える、運命を支配する者、勇者様だぜ?」
「……何言ってんのよ。それはただの伝説だって……」
「見ろこの剣を! これが運命の剣だぞ! 伝説じゃなかったんだ!」
「嘘よ。こんなのどこからどう見たってただの剣じゃない!」
「いーや違うね! これは本当の運命の剣だ! その証拠に俺は運命を支配してこの魔王城にやってきた! だから俺は今度も運命を支配して魔王を倒してやるぜ!」
グラヴィスはそう言うと牢屋の中を探索し始めました。マーシャは冷ややかにそれを見ています。まるですべてを諦めたように。
「これは……! この壁、壊したら向こうに行けそうだ!」
グラヴィスは壁のヒビに蹴りを入れました。すると壁が崩れたのです。崩れた間から魔王軍の魔物が寝泊まりをするであろう部屋が見えてきました。
「どうだ! これで希望が見えてきたぞ!」
「……嘘」
「俺は魔王を倒しに行く、悲しい運命を変えてやるぜ!」
唖然とするマーシャを置いてグラヴィスは駆けだしていきました。
「どけどけぇ! 俺は運命を支配する勇者グラヴィス! 歯向かうものはぶった斬る!」
グラヴィスは私を大きく振り回して走っていきます。階段を駆け上がって、広間を横切って、廊下を駆けて。どんなに敵が迫ろうとも、どんなに魔法をくらっても、どんなに血を浴びようとも、決して止まることはありません。私は彼の意志に応えるように敵を斬りつけ、薙ぎ払い、そして血を浴びていきます。
「ここか……!」
そんなグラヴィスが初めて止まったのは、大扉の前。階段を上った先にあったその扉からも禍々しい気がひしひしと伝わってきます。
「この先に魔王が……ぐっ!」
グラヴィスが扉を開こうとしたその時、横から飛んできた矢に手を貫かれました。その痛みでグラヴィスは横に倒れます。
「全く、貴方は本当に少し立ち止まることを覚えたらどうですか?」
矢が飛んできた方向を見ると、そこには一人の人間――いえ一体の魔物が。頭から二本の角が生え、蝙蝠のような羽が生え、鋭い目つきをしていたエルザがそこにいました。
「お前っ……!」
「おっと、無駄ですよ。私に貴方の攻撃は当たらない」
グラヴィスはエルザに攻撃を与えようとしますが、その度に彼は羽でひらりと飛んでかわし、グラヴィスの背後を取ります。そして雨のように降り注ぐ、針のように鋭い矢を飛ばします。
「てめえ、卑怯だぞ……!」
「卑怯も何も、勝てればそれでいいのです。ほら、貴方に休んでいる暇はないでしょう?」
「がぁーっ!」
エルザは宙を飛びながら次々とグラヴィスに矢を放っていきます。最初はグラヴィスもすぐに反撃を試みていましたが、次第に動きが鈍くなっていき、しまいには立ち上がれなくなってしまいました。それでも力を込めて立ち上がろうとします。
「魔王様の命令でしてね。何でも光魔法の強力な使い手が討伐に来るそうだから、そいつを騙してここまで連れてこいと言われたのですよ。そこで人間のふりをして潜入したってわけです」
「最初から騙してたってわけか……!」
「他に仲間が入ることも想定していましたよ。ですが女の方はともかく、貴方は色々と想定外だった。貴方は本能のままに動き、自分を中心に物事を進めようとする。だから貴方の動きを読むことは難しかった。そこでカティアが置いていこうと言い始めたのでそれに乗った。結果、綺麗に不確定要素を排除することができましたよ」
「そこから、さらに二人を……!」
「中々話に乗ってくれなかったので、少し強引にいかせてもらいましたがね。全く、本当に女というものはいざという時にあり得ない行動をする」
「てめえ……!」
グラヴィスは僅かな力を振り絞って飛び上がり、エルザに斬りかかろうとしました。しかし高さが足りず地面に顔から倒れ、それをエルザは踏みつけます。
「あの双子のうち、カティアは中々強力な魔法を使えるがメディアはそうではなくてね。だから最初は見逃す気でいたのですが……運命の剣とそれを扱う者が現れたと聞いたので、ついでに回収したのですよ」
そこまで言ったエルザは矢をつがえ、そして魔力を込め始めました。矢はどんどん黒いオーラをまとっていきます。グラヴィスは必死に逃げようともがきますが、一切動くことができません。
「運命を支配する……そんなものは伝説だ。それはただの剣だ。貴方はただの人間だ。ただの人間はここで消えろ」
エルザが矢を放ったその時――
「――くっ!」
彼の放った矢が、風の渦によってはじかれたのです。さらに風の勢いで壁際まで飛ばされました。グラヴィスは少しずつ身体を起こしていきます。
「先制攻撃成功、ね」
私もグラヴィスも聞き覚えのある声を聞きました。マーシャです。彼女は風魔法を放った後、静かに歩いていきます。そして私を持って立ち上がったグラヴィスの前で立ち止まりました。
「貴方は馬鹿で無鉄砲で自己中心的で……挙げればキリがないほどのクソ野郎よ」
「ク、クソ野郎って……! そこまで言うことないだろ!?」
「いい加減自覚なさい、貴方は誰が何を言おうとクソ野郎よ! でもね……」
マーシャは壁際で立ち上がろうとしているエルザに目を向けました。
「今は信じさせてほしいの。運命の剣を含めた、貴方の全てを」
「……マーシャ」
マーシャは腰につけていた袋から煌めく玉を取り出し、グラヴィスの腹に押し付けました。すると玉はみるみるうちにグラヴィスの身体に溶けていき、そして溶けた部分の傷が癒えていきます。
「ありがとう! 一発殴ってやろうと思ったけど、やめておくことにしたぜ! その代わり戻ったら俺の冒険譚をいっぱい聞かせてやる!」
「……ああもう、本当に調子のいい人!」
グラヴィスは大扉に向かって走り出しました。私は遠目にエルザが立ち上がり、矢をつがえたのを見ました。
「……これはこれは。貴女はこんなことする性格ではないと思っていたのですがね」
「女はいざという時にあり得ない行動をするもの。違う?」
「ははは、そうでしたね……ですが行動が想定できないものは始末しないといけませんね」
「ええ、こちらの方こそそうさせてもらうわ。騙された分の――」
そこから先の台詞は聞こえませんでした。グラヴィスが大扉を開け、そしてその先に進んだからです。




