お前はすでに、呪われている
補習が終わった後、バスまでの時間がくるまで教室に二人だけ残って、こっそり「王子様」をするのが夏休みの日課になってしまった。
二人で話をしているだけでは、すぐに話題は尽きてしまうんだと思う。王子様という聡明な第三者がいると、話や聞きたいことが次々と溢れ出し、話題が尽きないのだ。
王子様の正体が……いったい何者なのか知りもせず、その遊びにのめり込んでいく。それこそが真の呪いなのかもしれない。
「あ、そうだ、女子に人気で野球部のエース! その彼が誰が好きなのか聞いてみない?」
「え? ああ、上野義孝か、面白そうだな。まあ、どうせ夏川奈緒じゃないかな」
そして二人は好き同士、両想いなのだろう。王道ってやつだ。ああ面白くない。面白そうだが面白くない!
夏川奈緒はソフトテニス部のキャプテンになるし、勉強もできる。優しくて可愛くて明るくて、男子は誰だって好きなんだと思う。
「王子様、王子様、上野義孝は好きな女子はいますか?」
――「はい」を指す。
二人で握る万年筆は、日に日に少しずつ動きが早く、力強くなっている感じがする。まるで自分も無意識に動かしているような錯覚さえ覚える。
「きゃ、いるんだって、誰なんだろう!」
恋話になると瞳をキラキラさせる。目の錯覚だろうか、藍の瞳は澄み切っていて、綺麗に見えてしまう。言わないけど。
「王子様、王子様、上野義孝が好きな女子の名前を教えてください!」
「お」
「「お」だと? 夏川奈緒じゃないのか……」
「な」じゃないのか?
「しー。静かにしてよ」
「動く万年筆を見るんだから、静かにする必要性が分からんが……」
要するに集中したいのだろう。
「か」「む」「ら」万年筆が一文字ずつスラスラなぞっていく。
「おかむら……、いや、まさか……」
そんな馬鹿な――。
「王子様、上野義孝が好きな女子は、岡村沙苗ですか?」
――平仮名の所から急に「はい」へと動き、元の凸の形をしたお城へと戻った。
「――え! 上野が好きなのが岡村? 嘘だろ!」
俺にはまったく理解できない――。
訳が分からない――。
「へえー。じゃあ両想いじゃないの。付き合えばいいのに」
……両想いでも、お互いがそのことを知らなければ付き合ったりはしない。いや、もし知っていたとしても、友達のことを考えたりして付き合わないのかもしれない。
「でも、信じられないなあ」
疑惑の目で万年筆を見ていた。
「なにがよ」
「だって、岡村は成績底辺で補習を受けさせられているくらいなんだぞ。それに口やかましいし、人の気持ちとかも考えずになんでも喋るタイプだ」
「だからつり合わないってこと?」
「ああ。いつも友達とベタベタしていて男を敵視しているから、男子からも嫌われている。普通、男子三人に向かって、「三バカス」なんて言うか? 「バカ」と「カス」が合体しているんだぞ?」
だから、そこでクククッて笑いを噛み殺すんじゃねーよ! 可愛いから許すけど、腹立つだろーが!
「三バカス」に同調して笑っていみたいじゃないか――!
「あ~面白いわ。匠はまだまだ子供ね」
「俺が子供だって?」
「うん。だって、岡村ってたぶん、男子からは人気ナンバーワンよ」
ナンバーワン? 一位?
ホエアー? じゃない、ホワーイ!
「はあ? どうひいき目に見たらそうなるんだよ」
「王子様、王子様、二年の女子で一番男子から人気がある女子は誰ですか?」
――「お」「か」「む」「ら」「さ」「な」「え」
呆然と軌跡を見守っていた。
「ほらね。夏川奈緒は可愛いけど、可愛いだけの女子が好かれるのは小学生までよ」
いやいやいや。
「いやいやいやいや、ちょ待てよ。可愛いくて成績が良くて、さらに性格が良かったら、普通は一番になるだろ」
また笑っている理由が……もう分からない。
「クックック。だって、匠、夏川奈緒の次に好きなのって、絶対岡村沙苗でしょ」
「はあ、誰があんなバカ好きなものか」
これだけは断じてノーと言える。王子様に聞いてくれても構わない。なぜか焦ってしまう――。
「じゃあ誰が好き? 二番目は?」
「ええっと……」
好きな女子はいても、順位付けなんてしたことはなかった。
可愛い女子を咄嗟に考える――。
「ソフトボール部の石橋香織だろ、あと、深水真菜……」
いくらでも名前は上げられる。少しホッとした。
――よりによって岡村なんて、とてもじゃないが上位に入ってきやしないぜ。むしろ最下位だ。
「じゃあ、その二人の女子とは、いつも話すの?」
「……いやクラスが違うから、いつもは……ていうか、喋ったこともあんまりない……かな」
必要最小限のことしか話したことはない。忘れてしまうような些細なことぐらい。
「匠ってさあ、分かりやすいよね。一緒に補習受けている女子でも、岡村としか話さないでしょ?」
「――そ、それは……、他の女子はクラスも違うし、教室とかで話したことがないから、何話していいかも分からないし、別に話すようなこともないし」
「じゃあ、私は?」
「え?」
「私だって、みんなの前でも気にせずに匠に話しかけて欲しいよ。普通にバカだとか、ブスだとか、可愛いねとか、言って欲しいよ」
――そうなのか?
俺はてっきり女子って、男子には話しかけられたくないのだと思っていた。特に成績底辺の俺なんかには……んん?
「ちょっと待て。俺は一度も「可愛いね」なんて言葉、口にした覚えはないぞ」
特に補習期間中には一度たりともだ!
「えー、言ったじゃない。一組担任の加藤先生は可愛いって」
うーん……言ったような言わなかったような……?
「だから、男子と普通に話せる女子や先生は人気が高いのよ。どれだけ可愛くても、気を遣いながら話さないといけなかったり、会話が続かないような女子はお人形さんと一緒」
お人形さん……。遠目に見ていて可愛いと思う女子よりも……気軽に話し合える女子の方が人気があるってことなのか……。
「……たしかに、岡村となら気兼ねなく話せる。泣かしても平気な気がする。岡村は誰に対しても言いたいことを言うから、男子も気兼ねなく言いたいことを言うんだろうなあ」
岡村も成績が悪いからだろうか……どんな悪口を言われたって気にならない。隆と健ちゃんと俺は、「三バカス」って呼ばれて……本当に嬉しいのかもしれない。
「だから、もっと私にも話しかけてよ。補習中でも……」
小さな声だった。
なんだろう……。
今、胸の辺りが……キュンとした……。




