呪いの……ツンデレ
補習が終わり、他の奴らが全員帰ったのを確認すると、当然のように俺は文句を言った。
「俺が夏川が好きだってこと、岡村に喋っただろ!」
机越しに攻寄るが、和木合は臆することなく腕を組んで座っている。まるで玉座に座る王位継承者のような堂々たる振る舞いだ。
「喋ってないわ。そんなどうでもいいこと。バカバカしい」
「嘘つけ、だったらなんで岡村が知っていたんだよ!」
「さあ」
首を横に傾けて、まるで他人事のようだ。とぼけやがってと憤りを感じる。
「匠がいつも鼻の下を伸ばして叶わぬ恋をしているのに、岡村も同情してるんじゃないの?」
「いい加減なこというなよ」
「だったら――」
あのワラ半紙を机から出した――。
昨日のとは違い、線がまだ一本も引かれていない。新しく書き直したのだろう……補習中に。
「王子様に聞いてみる?」
「あ……ああ」
なんだかんだ言って、また二人は万年筆を握り合った。
「王子様、王子様、和木合藍は、椎名匠の好きな女子の名前を岡村に教えましたか」
――「いいえ」を指した。
「ほら!」
「……じゃあ、なんで俺の好きな女子の名を岡村は知っていたんだよ!」
ペンが、文字のところをなぞり始める。俺はペンを握っているだけなのに、和木合に引っ張られるようにペンが動く。
「か」「ん」
……ひょっとして、勘? 女の勘? 当てずっぽう?
女の勘は怖いと父さんがよく言っていたが……呆れて物が言えない。王子様、王子様、本当にここにいらっしゃるのでしょうか?
「和木合が動かしているのがバレバレじゃないか」
「だから違うって。匠が動かしたんでしょ」
はいはい。この件は昨日散々言い合ったから、もう問わないことにする。
「そんなことより、なんで和木合は俺のことを匠って馴れ馴れしく名前で呼ぶんだ? まだ出会って三日だぞ?」
「匠っていい名前じゃない。呼びやすいし」
いや、そんなことを面と向かってこの距離で言うか? 教室には二人っきりで、しかも二人の手は一つのペンを握っているから、しっかりと触れあっている……。
まさか呪いの……ツンデレっ子か――!
「じゃ、じゃあ俺も和木合のことをこれから藍って呼ぶぞ。その方が短くて呼びやすからな」
どうせ「わきあい」で「あい」って呼んでいるんだから、藍だけの方が短くていい。
なのに……言ってて顔が赤くなり、握る手から汗が滲む――!
「ひょっとして、ツンデレ男子?」
「違うっつーの!」
頭の先まで熱くて……なんか、もう質問ができない~!
藍はこれ見よがしに王子様に質問をする。
この「王子様」遊びは一人では絶対にできないそうだ。もし、一人でも出来るのなら、ネットサーフィンみたいに聞きたいことをダラダラと聞いて、多くの時間を奪われていくのだろう。
……真偽すら怪しい情報に惑わされるのかもしれない。
「じゃあ王子様、王子様、匠は岡村沙苗が好きですか?」
どうして質問が第二人称から離れてくれないのだろう。
「――答えは、「いいえ」だ。決まっているだろ!」
万年筆もゆっくりユラユラと「いいえ」に動くのを見て、ホッとする。
「ムキになるとこ、怪しいなあ」
「俺はあんな口うるさいバカじゃなくて、おしとやかな賢い女子が好きなの!」
おっと、遠回しに藍のことが好きだと言ってるわけじゃないぞ! 出会って三日目のツンデレ女子に心移りするような軽い男じゃないからな!
「ふーん。私もあいつ、嫌い」
――え?
補習の時、仲良さそうにしているのに……。
ひょっとして、そうしているだけ? 万年筆を握る藍の手に、冷たさを感じてしまう。
ワラ半紙から顔を上げて、俺の目を見る藍の表情は、少し悲しげだった。
「だって、最初に私の名前をからかったの、この学校では岡村沙苗だもん」
和気あいあいと和木合藍……。親が付けた、変えることのできない名前……。
「……そうなのか」
――だからあの時、俺の背中を叩いて怒ったのか……「それ言っちゃ駄目――」って。
「……あいつ、よくしゃべる女子だから、初対面で話のきっかけを作ろうとと思って、ついからかったのかもしれないなあ」
「匠って、……無駄に優しいね」
「はあ?」
俺が優しい? どこがだ。岡村と同じことをしたし、優しくなんてしていない。
「だって、匠はちゃんと謝ってくれた。でも、岡村からはゴメンの一言、今も聞いていない」
「ああ……」
「本当に悪いことをしたと反省していないと、なかなか素直に謝る事なんてできないわ。特に中学の女子なんて」
中学の女子と聞くと、少しだけ辛かった。自分だってそうなのに、それを第三者としてしか見ていない……。
「岡村は……どうしていいのか分からなくなったんだろうなあ。俺みたいに」
藍は、静かに目を閉じた。
「……そう言って岡村と私の仲を悪くさせないように気を遣ってくれるところが、優しいところなのよ。だから私だって岡村のこと。もう許してる」
……許す……か。やっぱり上から目線は変わらないんだな。
「いま、上から目線は変わらないんだなって、思ってたでしょ」
「――! ううん、ぜんぜん!」
ペンは無情にも――「はい」を指す~。
手に吹き出すような汗を感じる。俺の汗なんだか、藍の汗なんだか分からず、恥ずかしくてドキドキしてしまう。