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呪い遊び


「もっと……力を抜いてよ。全然動かないじゃない」

「初めてなんだから……仕方ないだろ」

「だんだん先端から……染み出てくるじゃないの」

「和木合の方こそ、汗が……気持ち悪いんだよ」

 グッと無理やり動かしてみる。

「ああ! 駄目よ無理やり動かしたら――!」


 万年筆の先端から滲んだインクがわら半紙に小さな黒色の染みを広げ、無理やり動かしたことにより、ペン先で少し破れてしまった。


「ほら、破れたじゃないの」

「ほらって言われても、だいたい力を抜いてどうやってペンが動くのさ」

「だから、王子様に動かしてもらうのよ。そっと握ってるだけでいいの!」

 ……なにがやりたいのか分からない。

 和木合が言うには、ペンが二人の意識とは関係なくスラスラ動くというのだが、一向に動き出さない。


 ――一ミリも動かない。


「やっぱり和木合が一緒にやる相手に騙されていただけじゃないのか?」

「そんなはず……ない」

 和木合の顔にも薄っすら汗が流れている。二人は万年筆を握りしめたまま、かれこれ数分間もずっとこうしているのだ。

「それか、何か方法を間違っているとかだなあ……」

「方法? ――あ! これ、「王子様」だった! 間違えてコックリさんばっかり呼んでいたわ!」


「……お前なあ~。って、その違いが俺にはサッパリ分からないぞ」

「へへ、コックリさんは十円玉でやるでしょ? これは王子様だから、コックリさんを呼んでも来るはずがなかったのよ」

 確かにさっきまで和木合は「コックリさんコックリさん、どうぞおいで下さい」とばかり呟いていた……。

 テヘペロっと舌を出して言い直す。――しまった、ちょっとだけ和木合の仕草が可愛いと思ってしまった。

「王子様、王子様、どうぞ戻って来て下さい」


 すると、さっきまで一ミリも動かなかった二人が握る万年筆が、まるで氷上を滑る金メダリストのように――羽のように軽く動いて凸の形をしたお城へと辿り着いたのだ――。


「あ、戻って来てくれたわ」

「……」

 今まで動かなかったのが、嘘みたいに動いて一瞬だが俺は驚いてしまった。

「バ、バカバカしい。和木合が動かしただけじゃないか」

 騙されるかと思った。

「チッチッチ。最初はほぼほぼ全員が同じことを言うのよ」

 チッチッチってジェスチャーと「ほぼほぼ」っていうのがムカつくんですけど。


 「ほぼ」は一回でよろしいと説教してやりたい!


「私も最初は一緒に遊んでいた友達を疑ったもの。でも、そう思っていられるのも今のうちよ~」

「……はいはい」

 虚ろな目で見られる。

「あー、信じてないでしょ」

「うん」

 即答だ。そんな得体の知れない力、信じられるハズがない。

「じゃあ、最初の質問をするわよ」

「はいはい、どうぞ」


「椎名匠が好きな女子は、誰ですか?」

 ――ブッ!

 いきなりそんなことを聞くか? っていうか、そんなこと聞きたがるのか、女子って?


 和木合が動かしているペン先が、スーっと軽く動き出す。


 当たるわけない……よな。そもそも、教室に来たことがない和木合は、クラスの女子の名前だって知らないはずだ。俺が好きな女子の名前なんて、知るはずがない。

 ……知る由もないだ!


「な」

 ――しかし、ひょっとすると、保健室か教育指導室で一度くらいは出会っているのかもしれない。

「つ」

 いやいや、ちょっと待て――、最初の二文字が偶然だが合ってしまっているぞ、ペン先を止めようと力を入れるのだが……和木合……細い腕なのにけっこう力が強い。

「か」

「ちょちょっちょっと待って!」

 ペンが「わ」を指した時、

「椎名匠が好きなのは、二組の夏川奈緒ですか?」

 ――ペンが、「はい」へ素早く移動し、元の凸の所へ戻って止まった。


 プスプスプス……頭から煙が出そうな気分だ。

 出会って数日も経っていない転校生……しかも女子に、好きな女子の名前を言い当てられてしまうとは……。


 女子にそれがバレるというのは、魂を掴まれるのと等しいこと……。

 数日後には、女子のネットワーク網を使って、世界中に、いや宇宙の果てまで拡散されてしまうだろう。


「あ、やっぱり匠も夏川奈緒が好きなんだ。いっつも窓の外ばっかり見ているからね~」

「いや、違う! 絶対に違う!」

「ええ? 王子様、王子様、違うんですか?」


 ――「いいえ」に素早く移動する。

 移動しないでくれよ……。ガクッ。


「いいじゃないの。私も応援してあげようか? ライバル多過ぎると思うけど」

 笑いながらチクリチクリと言う和木合が、可愛くてムカつく!

 花で言えばアレだ。棘のある花。


 真っ赤なバラだ! コンチクショー!


「……なんか、泣きそう」

「あらら、男泣き?」

 俺は顔を上げた。まだ二人の手は万年筆を握ったままだ。

「じゃ、じゃあ和木合藍の好きな男の名前は何ですか! 教えてください王子様!」

「――!」

 これを聞いておけばイーブンだ! 俺は救われる。

 和木合がペンを放すことはないはずだ! なんせ呪われてしまうんだからな~!

 律儀にペン先が移動する。


 「さ」「く」「ら」「い」「し」……この学校にいない男子の名前を指し示していく……。


「つーか、これ、人気アイドルの名前じゃねーか!」

「きゃ~、恥ずかしい~」

 バッキャロー! 恥ずかしいもクソもあるか! その白い頬を無駄に桜色に染めるんじゃねーよ!

「好きな男子だ、学校の男子!」

「えー、だって私、転校生で教室にも行かないから、ほとんど男子なんて知らないもん。興味だってないし」

 直に答えやがった……。

「じゃあ私の番ね、椎名匠はいつから夏川奈緒が好きだったの?」

「え?」


 俺は答えないが……王子様が答えてくれる。

 「に」「ゆ」「う」「か」「く」「し」「よ」「に」「ち」

「にゆうかくしよにち?」

 一文字ずつ読む俺の前で、和木合だけが笑う。

「「入学初日」だって~。なになに? それって一目惚れってわけ?」

 切れ長かと思った瞳をクリクリ丸めて、俺の顔を覗き込まないでくれ!

「違う違う! 断じて違う!」

「嘘おっしゃい。違うのなら誰が好きなのか言ってごらんなさいよ」


 ――だから、上から目線やめろって!

「そ、そんなの答える必要なんてないだろ! 個人情報だ!」

 保護法で守られるハズだ。たぶん。

「ふーん。まあいいわ。とりあえず夏川奈緒で決定ね」


 ……決定って……。


 もぬけの殻のように万年筆を握る俺と、補習中には一度も見たことがない笑顔の和木合。

 俺は、それでもまだ、和木合が万年筆を動かしていると信じていた。

 当てずっぽうが当たっているだけだと思っていた。


「じゃあさあ、夏川奈緒が誰が好きなのか聞いてあげようか?」

「え?」

 ドキッとした。


 もしも……もしもそれが俺だったらと考えると……顔がニヤケてしまう。

 そんなことまで分かるのだろうか? 王子様は。


 もし分かるのだとしたら。本当に王子様だ。


「王子様、王子様、夏川奈緒が好きな男子はいますか」

 ――「はい」をさす。

「いるんだって。ドキドキしちゃうね」

「……」

 あまり人の心境を実況生中継しないでくれるかな……。上目遣いで俺の考えていることを全て見透かされているような気がする。

 万年筆を握る腕に、一層汗が出る。和木合の汗も感じる。

「王子様、王子様、夏川奈緒が好きな男子の名前を教えてください」


 スーと動き出す二人が握る万年筆。息を飲んだ。


 ――カモ―ン! こいっ! こいっ!

 椎名匠だ! お願いしますっ王子様~! 「し」だ! 「し」へ来い!


 ――カモ―ンベイビ~! 「し」「し」「し~」!


「うるさい! 集中しなさいよ」

「――はうっ」

 心の叫びを聞かれた? もしかすると声に出ていたのかもしれない。


 「う」「え」「の」「よ」「し」「た」「か」


「うえのよしたか……そんな名前の生徒がいるの?」

 俺は「燃え尽きちまった……」ように万年筆を握りしめていた。

「……ああ。いる。いるともさ」

 認めたくないけど……。

「二年三組の上野義孝……野球部のエースで次期キャプテンだ。成績も優秀でイケメンで、たぶん、うちの中学で一番人気がある」


 部活動もせず、成績底辺の俺には勝算がない相手だ――。

 身長だって俺より5センチは高い。視力もいい。……2.0まで見えている。俺は1.5で負けた……。


「うわあ、じゃあ、匠って、いきなりブロークンハート? 彼氏のいる女子に片思い? イテテだね~」

 今日一番の笑顔が、めちゃくちゃ可愛らしいのだが……。


 ――そんなに楽しそうに言わないでくれるかなあ~!

 ――ていうか、なんで俺は、ほぼほぼ初対面の女子に恋話しているのだろうか。


 これじゃ俺が痛い奴じゃないか~! イテテだよ~!


「人気あるんだね、野球部のキャプテン。あ、そうだ」

 パッと和木合の表情が明るくなる――。

 俺は沈んだままだ。分かっていたこととはいえ、なんだろうこの撃沈感。坊の岬にでも沈められた気分だ……。

「王子様、王子様、岡村沙苗は上野って男子が好きすか?」

 ――「はい」にスッとペンが動いた。

「――!」

「あらあら、上野って意外と人気あるみたいね。私も会ってみたいわ」

 ……あっけに取られた。


 岡村も上野のことが好きだって……?

 岡村は今日も補習の後、ソフトテニス部へと向かった。いつも一緒に楽しそうに話したり、練習したりしている親友同士の二人……。なのに、好きな男子が同じなんて――ありえるのだろうか?


「どうしたの? まだ落ち込んでいるの?」

 俺の表情を覗き込む和木合。

「え? あ、いや……友達と好きな男子が同じって、ありえるのか?」


 ――「はい」をペンが指し示した。

 いや、俺は和木合に聞いたのに……。


「あるに決まってるでしょ。だから匠だって夏川が好きなんでしょ。好きな男子がいても関係ない。そこにあるのは自分の欲望だけ。ああ、いやらしい」

「怒るぞ……」

 ニヤッと不敵な笑みを見せる和木合……。

「じゃあ、和木合藍は……、今までに男子生徒を好きになったことがありますか?」

 芸能人じゃなくて、男子生徒なら誰か一人くらいいるはずだ。転校前の生徒とか。


 こんなに男女間の恋話に興味があるんだから――。


「――! 王子様、お帰りはどちらへ行かれますか!」

 急に声を上げて和木合が言うと、一旦「はい」の方向に動き出していたペンが、スーッと「スーパー」へ移動して止まった。


 すると和木合は万年筆から先に手を放した。


「あー、無事に帰ってくれてよかった。今日はおしまいね」

「おい、ちょっと待てよ! ……なんか、……卑怯じゃないか?」

 ワナワナしてしまうだろーが。

「卑怯じゃないわよ。だって~バスの時間があるんでしょ。じゃあね、また明日」

 鞄をヒョイっと持つと、ペロッと舌を見せて逃げるように教室から出て行ってしまった。

 時計の針は十一時五十分。バスの時刻まであと十分に差し迫っていた。


 慌てて自分のナップサックを手に掴むと、教室を後にした。このバスを逃すと、次のバスまで一時間は待たなくてはいけない~!



 バス停に着くのと同時にバスが来た。なんとか間に合った。

 ガラ空きのバスの中で揺られながら、さっきまでの不思議な体験を思い出していた。


 王子様か……。元はコックリさんって言ってたけれど、いったい何者なんだろう。

 のっぽさんの親戚か? それとも、リバイアサンとかオイナリサンとか霊的な物なのだろうか。


 あの迷いのないペンの動き――。

 白くて綺麗な和木合の腕からは考え難い強いペンの動き――。まるで俺も一緒に動かしていたかのように力強かった。


 本当に、なにかに憑りつかれていたような時間だった――。

 和木合の目を見ていると、本当に呪われてしまいそうで――、胸がドキドキした。


 女子が呪いの遊びにハマってしまう理由が……今は分かる気がする。



 次の日、昨日の事を思い出しながら、補習が始まる前の時間。ぼーっと窓から夏川奈緒の姿を追いかけていた。

 和木合は今日も一番早く教室にいた。おはようとだけ挨拶を交わしたが、会話しているところを他の奴らに見つかるとややこしいので、親しく話したりなんかはしない。


 っていうほど、まだ親しくない。

 出会ってたったの三日目だ――。


「おはよう」

 教室に入ってきた岡村に構うことなく窓の外を見ていると、急に言われた。

「あれあれ匠、大好きな奈緒を見てるの?」


 ――!


「ち、違う! っていうか、なんで知ってんだテメー! っていうか、誰から聞いたんだ――!」


 知っているとすれば……!

 ――和木合め――喋ったな!


「バーカ、あんたが誰が好きかなんてクラス全員にバレバレよ」

「なんだって! クラス全員? なんでだよ!」

 もうそんなに言いふらされているのか!

 和木合って、クラスの女子とは、もうそんなに仲良しなのかよ! 

「だからバカって言われるのよ」

「なんだと!」


 真っ赤な顔で怒る俺に、ポーカーフェースの概念は皆無だ!


 澄ました顔をして座っている和木合に、

「ねえねえ、和木合さん、椎名の好きな女子って同じ組の夏川奈緒なんだって~。知ってた?」

 うわー、白々しい! 岡村は和木合に聞いて知ってたくせに――バレバレの演技をしやがる~!

「うん、知ってる」

「あ、やっぱり? バレバレよねー。いつも窓の外ばかり見ているし~」

「だから、もうそれ以上言いふらすなって!」

 教室には隆と健ちゃんはまだ来ていないが……、坂本と竹内がもう座って補習の準備をしているのだ――。


 聞いてないフリをしていても、しっかり聞こえているハズだ!

 そして、自分のクラスの女子達にも女子のネットワーク網で「拡散」していくんだ!


「いいじゃんこの二人に聞かれたって。どうせ教室に来ないんだから……あ」


「「――!」」

 ……あ、じゃねーぞ岡村……。


 髪をクシャクシャとかいた。一組の坂本由美と竹内百合子が顔を両手で覆い隠し、机に顔を伏せ泣き出してしまった……。

「あああー、そういう意味じゃないのよ~泣かないで二人とも」

 ……だったら、どういう意味だと聞きたい。俺は何も悪くないぞ。

「椎名が悪いのよ! 謝りなさい!」

「ごめんなさい――ってえ、岡村も謝れよ! お前、いつもいつも二言ほど多過ぎるんだよ!」

「ご、ご……」

 いや、そこで我慢すんなよ。――頑張れよ!

「――ごめんね、許して」

 言えた――! なんだ、ちゃんと謝れるじゃないか。


 和木合も顔を両手で覆って、肩をヒクヒクさせている。……よくよく見ると、目じりが下がって笑いを必死にこらえていやがる。歯を食いしばり、少し見える八重歯が凄く愛らしいのだが――、

 この野郎には……後で聞きたいことがタップリある。覚えていやがれ!


 加藤先生が教室に来る前に、なんとか坂本と竹内は泣き止んでいた。



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