呪いはかけられたまま
二学期初日、俺は申し合わせていた通り、早くから校門のところで藍を待っていた。
藍と一緒に教室へ行くと交わした約束……。
二学期は必ず二人そろって教室へ行くと誓った約束を果たすためだ――。
夏休み中に俺達を襲った数多くの呪いは、すべて解き放たれている。
「王子様」の呪い。
「名前」の呪い。
「受験勉強」の呪い。
「夏休みの宿題」の呪い
「冷やかし」の呪い。
「血」の呪い。
数えてみれば、いかにたくさんのものに人は憑りつかれている事だろうか……。まだ残暑が厳しい中ため息をついてしまう。
「朝からため息なんてついていると、幸せが一つ逃げてしまうわよ」
ほら、また一つため息がつきたくなっただろ?
「おはよう、藍」
「おはよう。匠」
夏休み中、毎日のように掛け合った挨拶だ。夏制服姿の藍から、今日こそはって気合が伺える。
そしてこれから、最後の呪い――。
藍が教室に行けない呪いを……二人で解き放ちにいくのだ――。
「本んんん当に手を繋いで教室に入るわけ? バカにされるわよ? 噂や嫉妬、最悪の場合モノが飛んでくるかもしれないわよ!」
「俺はバカだから構わない。これは決めた事なんだ。藍と手を繋いで教室に入らないと、俺が俺に掛けた呪いが解けない」
「どんな呪いよ」
「……ええっと……」
――一生後悔してしまうっていう……最悪な呪いだ――。
クスっと笑うと藍が手を出した。
「じゃあ冷やかされても絶対に離さないでよ。私もその「一生後悔してしまう」怖い呪いにかかりたくないんだから」
「ああ。「王子様」の万年筆と一緒だな」
「それ、笑えないって!」
藍の呪い嫌いは十分に承知している。絶対にもう嫌な思いをさせたりはしない。
――繋いだ手は、絶対に放さない――。
藍の柔らかい手を取って、真っ赤な顔をして教室へ入った――。
二人の繋いだ手にある、「あの時の傷」は、もうかさぶたになっている。
「やあ、みんなおはよう! 今日から二学期だな。早速だけど転校生を紹介するぞ!」
「「――!」」
藍の手を引いて教壇の上に上がると、ドヨドヨと教室の中がざわめきだす。
「転校生の和木合藍さんだ。みんな仲良くするように!」
原田先生の口調を真似するように言いながら、黒板にチョークで「和木合藍」と書く。手を繋いだまま、右手で大きく書く。
「おい匠……。なんでお前、手を繋いだまま紹介するんだよ」
「もしかして、付き合ってんのか」
夏祭りで出会わなかった男子がこぞって俺と初めてみる藍を冷やかしてくる。
「「ヒューヒュウー」」
冷やかしの寒風が教室内に吹き荒れる。
「バージンロードを歩く新郎新婦気取り? バッカじゃないの!」
ひと際バカにして大笑いしている岡村沙苗。今はありがとうと言いたかった。
岡村が夏休みの教室に来ていなければ、俺と藍は一言も喋らなかっただろう。
夏休みの補習に岡村が呼ばれた本当の理由は、和木合藍がなんとか教室に来れるように加藤先生が考えた作戦の一環だった――。王子様はそれを「プログラム」と言いきったのだ。
担任の原田先生から岡村に話をして頼み、岡村も協力したいと答えたらしい……。補習以上に部活動にも専念したかった時期のはずなのに……。岡村は俺にはそんなこと一言も言わなかった……。この話は原田先生から俺だけが聞いた話だ。だから絶対に誰にも言ってはいけない……。
そんな岡村のことだから、俺達二人が付き合っていることも、二学期から教室に来ることも、事前に自慢の「軽い口」から他の女子に広めてくれていたのだろう。
「岡村、バージンロードはまだ早いって! だが、だが、俺は藍と結婚するんだ! これは人前式だ。今日、お集まり頂いたこのクラスのみんながその証人になるってやつだ」
「バーカ。和木合はそんな先のこと考えてないわよね?」
「うん」
……そこは「ううん」と首を横にブンブン振って欲しかったが……まあいいか。
俺達はまだまだ中学二年生――青春の真っ只中だ。
俺達が教室に入った直ぐあとに担任の原田先生も入って来てくれて、俺達はそれぞれの席へと座った。二組の教室には机と椅子が一つ増えていたから、クラスのみんなも察していたんだと思う。
さすがに一度手は離した。だが……二人の気持ちは繋がったままだ!
もう一度、先生から正式に紹介され、藍は恥ずかしそうに頭を下げた。
「和木合藍です。……よろしく」
「うんうん。みんなも教室では、和気あいあいとするんだぞ」
――先生!
一瞬立ち上がって抗議しようかと腰が浮いたが、藍もクスクス笑うような笑顔で、
「みんな仲良くしてください」
と笑うから……。
今の笑顔で、ライバルが――五人は増えたと危惧した~!
教室に来た藍を冷やかしたり虐めたりする奴はいなかった。俺は男子の友達に色々と冷やかされたが、バカの特権だな。「羨ましかったら勉強するな」とか「夏の補習は凄くためになるぞ」とか、言いふらしてやった。妬みや嫉妬の対象からは外されるのも、成績底辺の特権なのかもしれない。
……周りは自分が思っているほど、人のことに関心がないのかもしれない……。




